真理を実行出来る人

 生長の家は知ってるだけじゃなくて実行しなくてはなりません。それで「生命の実相」第七巻、生活編がある。

 そこでは色々な生長の家の生き方が書かれている。

今に全生命を集中させよ。朗らかに笑って生きよ。人の生命の実相を拝め。取り越し苦労するな。等々



 しかし、これを実行出来るかと言ったら中々難しい事もある。又、生長の家を知ってるのにそれを実行していない人を責めたくなる事もある。そうなると真理を実行出来る人は良いが自分は出来ない。だから救われないなんて事にもなる。

 自分は頭じゃ分かっているが真理を実行出来ない。ああ、自分は駄目な者だ。なんて嘆く。

 

 

 実はこれは雅春先生も同じ事で悩まれた。それは「生命の実相」自伝編に出てくる。雅春先生は心をコントロール出来なかった。それで恐怖すまいと思ってもしてしまう自分をお嘆きになった。雅春先生は心という悍馬をコントロール出来る心の名手なら良いが自分はそうではないと言って嘆かれたのです。

 その時、神様から

現象はナイ。心もナイ。実相のみあると諭され、実相の大地に降りる事が出来たとあります。

 それが実相独在の生長の家の神髄ですね。そこが単なる処世術、ハウツー物と違う所です。

 実相独在という事は今そのままで僕達は完全円満の神の子であってそれ以外の何者でもないという事です。だから、生長の家を実行出来る人と実行出来ない人なんて神様は差別してお造りになっていない。僕達は神の子だから生長の家の生き方そのものであり、悟りそのものなんです。生長の家の生き方をしようと思って出来ないと言って嘆くのは単なる我(が)なんです。それが心もナイと雅春先生が悟られた心だ。

 僕達は神の子であり、それは繰り返しますが生長の家の生き方そのものなんです。僕達は皆、生長の家の生き方が出来るのです。それが実相独在という事でそれなら生長の家の生き方が出来ない人というのは何かと言ったらそれは生長の家の生き方が出来る実相がまだ表面に出て来てないだけで魂が幼いだけなんです。それは迷いの状態ですがそれがひいては将来的に悟りの基礎工事となって、自ずと生長の家の生き方が出て来ます。

 そしてそれが実相顕現という事です。

 だから、日常で人でなしとか卑怯者とかに見える人達も本当に悪いのではない。卑怯者ではない。まだ実相が表面に出て来ていない初期段階の魂なんです。

堀 浩二
by koujihori | 2014-02-04 23:48 | 信仰 | Trackback | Comments(4)
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Commented by アネモネ at 2014-02-05 19:13 x
堀先生ご無沙汰しております。実相独在そうですね、心配性で小心者の私には中々むつかしいです。いえ 神の子ですものね、すべてに感謝して愛を行じていけば 実相実在をこの手につかむ事ができますね。いえ 既に神の子なんですよと言われそうですが。
Commented by koujihori at 2014-02-05 19:45
アネモネ様

 有り難うございます。仰る通り、今そのままで僕達は神の子です。ところで実相は自分で出て来ます。
Commented by アネモネ at 2014-02-05 22:18 x
早速のお答えありがとうございます。実相は自分で出てくる そうですね そうですね ありがとうございました。
Commented by Andrea at 2014-05-17 14:41 x
Really appreciate you sharing this article.Thanks Again.
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