政治家と信仰

 今回、郵政民営化法案が衆議院において賛成多数で議決され、小泉首相の念願通り、郵政民営化法案が遂に施行される事になったが、その中で先の国会で法案に反対した議員が今回はその大部分が賛成に回った。

 賛成に回った議員曰く、「民意を尊重した。」という事だが、それが余りにも見苦しい政治的信念に欠けた保身的行為であるという事は誰が見ても明らかであろう。

 しかし、そんな中、敢然とその信念を曲げなかった議員がいる。それは平沼赳夫元経済産業大臣である。詳しい事は今週の週刊文春に掲載されているから興味のある方は是非ご一読をお勧めする。
 今回、自民党執行部では平沼氏の様に法案反対を最後まで貫いた議員に対しては除名処分という政治家としては一番厳しい処置をするのは明白である。それを誰もが分かっているから、前回の国会で法案に反対した議員も本意を翻して賛成に回ったのである。
 平沼氏は拉致問題他、日本人の生命と財産と誇りを守る為に重要な役割と使命があると言われている政治家で次期首相候補にもなっている。
 今回の国会の法案議決選挙でも周りから「あなたは他に大事な政治的使命があるから、ここは一つ賛成票を投じて、後々の日本の為に生き残った方がいい」と説得された様だが氏は次期首相というその栄えある将来をかなぐり捨て断固として己の信念を貫き、反対票を投じたのである。

 この世界は実は物質の世界ではなく、我々の心が映し出す世界であるから、道に外れた事をしてずるい事をして、一時的に栄えても、長期的に見れば、その者は必ず滅びて行くのである。
 しかし、例え除名、打ち首になっても己の信念を貫き、本当に民の為、国の為に殉ずる者はその功績は世代を超えて讃えられるのである。坂本龍馬しかり、吉田松陰しかりである。

 私は平沼氏の様な政治家は現在はその政治的生命を絶たれてもその信念と行動は後世で高く評価されると思う。そして、その意思を受け継いで行く人間は必ず現れる。

 ところで平沼氏のこの強い信念はどこから来るかと言うことであるが、別にここで生長の家の宣伝をするつもりはないが、氏は生長の家の信仰を持っている。自分は若い頃、生長の家創始者谷口雅春氏著作の「生命の実相」を読んで、その影響を強く受けたとはっきりとテレビで表明したのである。
 私は政治団体と宗教団体が結託するのは良くないと思っている。お互い批判が出来なくなり、段々とお互いが堕落して行くからであり、また宗教団体が国政に口を出すなどもっての他である。その弊害は織田信長の時代に延暦寺の僧が政治に口を出して世の中が乱れた事が歴史の教訓として残っている。

 だが、政治家が正しい信条を貫く為にはしっかりした信仰を個人的に持つ事は大変重要である。今回の郵政民営化法案可決の件で多くの反対派議員が賛成に回ったのは内心はこの法案が真に国民の為にならないという考えがありながら、自分が除名される事を恐れての事である。
 要するに政治的には死を意味する除名がされては自分はもう駄目だと思ったから賛成に回ったのである。

 それに対して平沼氏は除名即ち、政治家としての死を恐れなかった。これは自分が死んでも必ずその政治的信念は誰かが受け継いでくれる、自分は永遠不滅の生命を持っているから殺されても大丈夫だという信仰があったからだと思う。これが平沼氏と他の議員との決定的な差なのである。

堀 浩二
 
by koujihori | 2005-10-21 12:57 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)
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