先祖供養とは、親孝行とは

 私は現在、97歳の父の面倒をみているというかお世話をさせて頂いている。母が一昨年に他界したので現在は同居している私と家内がその任に当たっているのだ。

 父は幸い、自分の事は自分で出来るのでそれほど大変な事は無いが、それでも目を離す訳にはいかないので平日は父がオーナーの会社であり、私もそこで仕事をしている会社に私と一緒に私の車に同乗して来て、夕方に帰宅する。また休みの日は私の兄嫁や姉と分担して父の見守りをしている。しかし、これは人として子供として当然の事である。

 人間神の子を自覚すれば年老いた自分の親に対してはこれを大事にし、お世話をさせて頂くのはごくごく自然の行いである。
 私は先祖供養も全く同様だと思う。子孫として霊界の先祖の安寧のために仏壇を設け、位牌を作り、その前でお供物や聖経を読誦させて頂くのはごくごく当然の愛と感謝の行いである。

 生長の家では先祖供養とか親孝行や親に感謝が大事だと強調される。子孫が栄えるには親に孝養、先祖に供養と言われ、子孫が栄え、健康でいられる為に先祖供養が大事みたいにとらえられる節もある。
 それで病気を治す為、栄える為に先祖供養致しましょうという信徒もいるがそれは根本的に間違っているのである。本末転倒である。病気とかその他の問題は先祖供養の単なるきっかけであって、それを良くする為に先祖供養とか親孝行をするのではない。そんな考え方だと供養の仕方とかに引っかかってしまってどうにもならなくなる。

 先祖供養や親孝行や親に感謝というのは子孫が幸せになり、不幸から逃れる為にするのではない。神の子として全ての全てに生かされているという喜びの発露として、内側から自ずとそのままで行われる事である。

堀 浩二
by koujihori | 2014-10-16 16:00 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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