21世紀は霊の時代。

 考えるな。感じるんだとはブルース・リーの言葉だが、テニスをやっていてよく考えすぎになってしまう事がある。殆どサービスの打ち方だが。

 年末から年始に掛けてちょっとしたポイントで引っ掛かり、それから元旦は雪の為、テニスが出来なかった為、ああだこうだじくじく素振りとかして頭で考え、それで却って分からなくなってしまった。

 で、昨日、夕方テニスクラブへ行って、1セットだけやったが「下手な考え休むに似たり」でやっている内に自ずと分かって来た。細かく言うと肩と肘の使い方だが。


 ロジャー・フェデラーは
「最高のコーチは対戦相手」と言っているがテニスは(テニスに限らず)、机上でああだこうだ考えるより、実際相手と試合してボールのやり取りをする中で自ずと分かるのだ。

 で、それをちょっと深く考えると人間というのは人の間と書く。人間が色々働きをしたり、パフォーマンスや能力を発揮するのは人との関わりの中で初めて可能だと言う事。
 それは又、人間が単なる肉体の塊、物質ではないという事で霊的に相手と一体というか周りのもの、人と関わりを持ち合う中で初めてその存在があるという事。
 それはとりもなおさず、人間が霊的存在であり、肉体が死んでも死なない存在であるという事になって来る。

 これからはそういう認識が必要になって来る。現代の環境破壊、医療の薬漬けというのは人間が単なる物質の塊であり、それの欲望を先ず最優先する為に自然を破壊し、色々なビル、ショッピングモールなどの巨大娯楽施設を建て、それにより電力をおびただしく浪費し、その結果、地球温暖化を招き、原発も必要という事になって来る。
 そして、医療現場では人間に本来備わっている内側からの癒す力を見ようとせず、薬漬けで表面の症状(これが実は人間の癒す力の現れ)をただ抑えてしまうだけの治療に終始し、その結果薬漬け、延命治療で生ける屍状態の老人が徒に増え、それが健康保険に多大な負担そしてセットになっている年金事情を苦しくしているのである。

 そして、大企業が大規模に食肉産業に参入し、その為に原生林を夥しく伐採して家畜用の穀物の畑や牧場などを大々的に作って、それが又、地球温暖化になっている。そして、これだけの肉食の普及というのは人間を物質の塊と観て、その食欲を徒に満足させる為のものであり、他の動物はその為に犠牲にする。それもこれも人間を物質の塊と観て、他の動植物と本来、自然生態系で一体の生命であるという真理を観ないでいるからである。

 こういうのは殺生の罪になり、殺したものは殺されるという事でこういう所から戦争へと導かれるのである。

 これが唯物論の末期的症状であり、今の日本はその様相を呈している。しかし、このままでは地球温暖化による異常気象、干ばつ、洪水、食糧不足、疫病の蔓延、そして戦争で人類は滅びる可能性がある。

 しかるに人間が物質ではなくて一切の動植物と生態系で一体の生命であるという霊的人間観に立って、環境保護、自然と共生して行けば、人類は救われる。その事を言っているのが21世紀は霊の時代であるという事であり、今人類は正に岐路に立たされているというか次元が上がる節目に来ているのだと思う。

 堀 浩二
by koujihori | 2015-01-03 10:27 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)
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