皇統について(2)

 前回のブログで皇統を巡る動きが慌ただしくなって来ていると書いた。しかし、それは現象の事であって、実相の立場から観れば、皇統は盤石なものとして何らの危機に瀕しようがないのである。

  本当の皇統、即ち神性は我々の中にある。それを悦んでおれば、我々の自覚の投影である現象の皇統は自ずと盤石なものになる。
 
 今は天の岩戸隠れの時である。こういう時は現象の皇統を慌てて保全しようとしないで我らの中の神性を先ず悦ぶべきである。
 そして、古事記にあるように飲めや歌えで悦びの宴をしウズメノミコトの裸踊りでどっと笑えば良いのである。 その悦びの中から、天照大神がお顔を出されて、現象に実相の光が照らし出され、全ての憂い、矛盾、危機、罪が自ずと雲散霧消し、現象の皇統も自ずと盤石なものとなる。

堀 浩二
by koujihori | 2005-11-09 11:19 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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