人生経験というのは全てにおいて必要か

  我々は人生を送っている。人生を送っていないという人は居ないでしょう。そして、人生には色々あり、その中でいいこともあれば、いやなこともあり、成功することもあれば、失敗することもある。

 我々は肉体を持っているが肉体そのものではなく、肉体は人生を送るための道具であり、宇宙服の様なものである。我々の本体は肉体を超えた、肉体が滅んでも永遠に生き通す所の完全円満なる神の生命である。
 我々は内在的に無限に完全円満な神の生命を宿しており、それは無限次元の存在であるから、そのままでは何ものにも感覚されないものである。従って、その内在の素晴らしさを表現するには縦横厚みの三次元にまで次元を落として、表現されるのである。それがこの人生であり、肉体を持つという事である。
 そして、その肉体を持った人生を通して内在の無限の素晴らしさを表現して行くのであり、それを生長の家では「実相顕現」と呼んでいる。そして、その表現は最初は稚拙な段階から表現して行き、それで色々経験、失敗体験を重ねて行く内に色々な事を学び、徐々にその表現を高度なものにして行くのである。
 それは丁度、無限に才能のある画家が居るとして二次元のキャンバスにその絵の才能を表現するとして、それがまだ駆け出しの画家ならその表現が稚拙だが、何枚も何枚も絵を描く練習をして、失敗をして行く内に段々と絵の技量が上がって来るようなものである。

 その様に人生において様々な人生体験、失敗体験をしている人はそれだけ、色々な事を知っているし、能力も伸ばしているという事になる。
 しかし、そうなると我々の能力は内在されたものは無限であるから、その無限の能力を完全に現して行く為にはあらゆる考えられる限りの人生経験、失敗体験をしなくてはならないという事になる。そして可能性が無限ならそれに近づくのも無限に失敗して行かなくてはならないという事にもなり、そうなるとその人は永遠に失敗し続ける人という事になり、こんなのが無限に素晴らしい神の生命の表現者と言えるだろうか。
 それではいつまで経っても自分が完全であるという自覚にならないのである。

 ここで私の体験を言うと、実は会社の業務で私は社員の給料計算をしているのだが、去年の年末調整の計算の仕方にミスがあった事が今日、税務署からの連絡で判明したのである。それは長年私がやって来た給料の年末調整の計算の基本的な考え方に間違った部分があったからであり、たまたまそれが目に見える形で現れて、税務署から指摘されたから分かったのである。そうなると私は会社の給料計算事務というものについての過ち、迷いがこの失敗経験、体験により、改まり、私の能力がそれだけ伸びたと言える。
 しかし、会社の担当の税理士の女性に聞いたら、私が今回学んだ知識、内容は当然知っていますと言うのである。その人は別にその年末調整の計算の仕方を私の様に失敗経験で学んだ訳ではないのである。即ちこの人の方が私より頭の状態がクリアーであったという事である。だから、失敗経験なんかしなくても先刻承知だということである。

 これはどういう事かと言えば、我々が生長し、能力を伸ばし、おのれの実相の素晴らしさが顕現する為には人生経験のみではなく、自分が始めから完全円満な生命の実相であるという事を悟ってしまえばそれで良いという事なのである。

 私の恩師の榎本恵吾先生がお使いになっていた例えを引用させていただくと暗闇の中でものにつまづいたらそこに何かつまづくものがあるから危険であるという事を学び、二度とそこに近づかないようにしたら安全であるという事が分かったという点ではある意味、進歩があり、生長したと言えるが、そこに明かりを灯し、そのつまづいたものは単なる障害物ではなくて、素晴らしい宝物であったと分かれば、もう自分には障害となるものはなく、あるのはただ宝の山のみであると分かるというのである。

 暗闇に居て、何かにつまづいて、そこに近づかない方が安全であるという事を学ぶというのは人生の中の失敗体験により、こうしたらよい、ああしたら悪いという事を単に学ぶという事である。
 一方、明かりを灯し、そのつまづいたものが単なる障害物ではなく宝の山であったと気が付くのはこの世界の現象の奥の姿、本当にある世界、即ちこの世界の本当の姿は完全円満の善のみの神の国であったという事を信ずる信仰を持つという事である。

 即ち、あらゆる失敗体験を積まなくても自分の肉体の奥の実相はこのままで完全円満の神の生命であるという事を悟れば、今、このまま自分が無限に素晴らしいという事を実感し、全ては完全円満で何も悪いものは無かったと無限の感謝と悦びが出て来て、人生につまづく事なく、失敗する事なく能力をどんどん発揮する事が出来るのである。

堀 浩二
by koujihori | 2005-11-18 12:49 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by kawazukiyoshi at 2006-03-19 11:42
無限次元の空間は本当に不思議な空間ですね。完全ではないかもしれませんが。
Commented by koujihori at 2006-03-20 09:43
 コメント有り難うございました。随分前の文章ですが、読んで下さって有り難うございました。

 無限次元の空間と言う事ですが、「空間」という概念は無限次元なる神が作りだしたという事が生長の家の聖経「甘露の法雨」に書かれています。そしてその無限次元の神は正しく完全円満であります。

 理屈を言うとそうなってしまうのですがkawazu様の仰る無限次元の空間という考え方、言い方もありかなと思います。


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