人間は肉体ではない。

 年齢的にここ数年色々な人の葬儀と火葬場に臨む事が多い。自分の父母、家内の父母、叔父叔母等々。
 火葬が済んで骨を拾う際、火葬場の人が
「これがのど仏でございます。」と必ず言う。何かのど仏に意味があるのか?と思う。で生前入れていた人工関節だとか人工骨なんかも顕わになって
「これはどう致しますか?」なんて火葬場の人に聞かれる。

 こう思うと人間の肉体なんてはかないものだなと改めて思う。最後はこんな灰になって小さい骨壺に入れられるのかと。

 そうなると生前如何に地位とか名誉とか強健な肉体を持っていたとしても最後はこんな風になってしまうという事だと人生が空しくなるだろう。そしてどうせ灰になるんだから生きてる内は出来るだけずるをしてワルをして人から奪い金儲けをして肉体的快楽をむさぼった方が良いなんて考えも出て来ると思う。

 しかし、これでは道徳地に落ち世の中は乱れかつ個人的にも人生に本当の意義を見出す事は出来ないだろう。また、そうした間違った人生観で悪い事ばかりしておれば悪業を積み重ねる事になる。

 人生は肉体が死んで終わりではない。人間は肉体ではなくて肉体を肉体の形に配列させている理念が人間の本体である。それは死んでも死なず肉体死後も永遠に生き通す。その理念の表現が肉体であり、肉体が失われた後はその表現は霊体として霊界でその表現活動をする。そして何回も生まれ変わり色々と学ぶ中でその内側の理念として存在する無限の可能性を徐々に表現して行く。
 それが人生である。そうなると人生に生き甲斐が出て出来るだけ人格と能力を高めようと努力し、その中から立派な生き方も出て来るし社会的な道徳も保たれて行くだろう。

堀 浩二
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by koujihori | 2016-08-18 09:42 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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