生長の家を信仰するという事

 人は何か病気とかで困り果てて生長の家の信仰をする様になる。しかし、生長の家の悟りを得るというのは容易な事ではない。生長の家をやる様になって病気が治ったりするのはその人が悟ったからではなくて、神がその人が病気が治った事がきっかけでその後、人類光明化運動を一所懸命やるようになると見定めて神通力で治して下さる場合がある。
 又、治らない場合もある。いずれにせよ、病気等で生長の家の信仰に入るのはその病気がきっかけで真剣に生長の家の信仰に入るのだから魂の面から見て素晴らしい事である。その中で病気が治らなくて霊界に行く様な事があっても信仰したり修行した事は無駄にはならない。その過程は来世以降で生長の家の悟りを得られる基盤ともになるのである。

堀 浩二

by koujihori | 2016-09-15 09:49 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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