今そのままでここがそのまま実相世界である。

 生長の家の信仰っていうのは実相は素晴らしいけど現象は自分の心が作るっていう感じでとらえてると心の安泰は無い。
 実相と現象は確かに違うけど現象はナイとも教えられている。雅春先生は心が現象を作るって事が分かっただけでは心を制御出来なくて非常に悩まれた。でも現象も心もナイ、実相が今ここにあると悟られて心という暴れ馬から降りて実相の大地に降りる事が出来たとお書きになっている。

 現象はナイ、心もナイっていうのは今このままでここがそのまま実相世界であり、自分そのまま自分の心そのままで神であり神の心であるって言う事。それが分かったら現象は心の影だから今現象としてはっきりと神の国が完全円満の神の自己と家族が現れる。

 要するにそのままでよいという事。心をああだこうだとこねくり回さなくて良いと言う事。そして実相は無限生長だからいくらでもそのままで発展するするという事。それが実相が自分で出て来るという事。そして、それこそが実相独在という事である。

堀 浩二 
by koujihori | 2016-10-24 10:47 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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