この世界は実相と実相が自分で出て来る事しかない。

 この世界には実相と実相が自分で出て来る事しかない。それが実相独在という事である。実相は生命であり、それは無限生長であり、従ってそれが同時に表現を欲する。その表現する行為が現象化であり、無限から有限となる。
 その過程は稚拙な段階から段々とレベルがアップするという事になるがそれが迷いは悟りの基礎工事という事である。先ず迷いが出て、色々な本来でない事、稚拙な事、悪事を働いてその中でその報いを受け、色々苦労する中で自分で悟り、そして実相が顕現する。それは実相は自分で出て来るという事である。
 その実相が自分で出て来る過程で自分が迷いによって人生上の問題を作り出す。その中で信仰が鍛えられる。そしてそれが繰り返すが実相が自分で出て来るという事であり、だからどこまで行っても実相独在なのである。

 だから、色々経験を積んで、色々分かったからと言って「色々と悟らせて頂きました。などと過去の罪や迷いにとらわれるのは却って悟りから遠きこと」と続々甘露の法雨に書かれているのである。そうした過程は現象であって、実相独在ではないからである。あくまで実相独在であり、それが自分で出て来てその過程が結果的に現象の色々な経験になるのであって、その現象的経験にとらわれて「自分はこれだけ悟った。」なんて考えたらそこでもう実相独在ではない。
 あくまで今このままここが実相であり天国浄土であり自分は完全円満の神であり自分は今まで一度も迷った事も悪事をした事も失敗した事も無いというのが実相独在の真理である。

堀 浩二
by koujihori | 2016-10-25 09:48 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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