地獄の真下は極楽である。

 地獄の真下には何があるのであろうか?
 
 ある例え話でこんなのがある。それは地獄に堕ちるまい墜ちるまいとしていてもどんどん地獄にはまってしまう人がもう観念してこのまま墜ちるに任せようと力を抜いて地獄の底を突き破ったのがあにはからんやそこは極楽浄土だったそうである。
 
 ものごとは事態が深刻になって来て、どうにもならなくなって来た時が実は解決が近づいているのである。
 
 私の体験で言えば、私はこの世界には不完全、不幸が充ち満ちでいてそれが救いを必要としていてそれを何とかしなければならないという事を思い詰めすぎて神経衰弱になって夜も全然眠れなくなった事がある。今から8,9年前の事である。
 その時は本当にこの世の地獄と思ったものである。しかし、それは生長の家の神髄即ちこの世界の奥の本当の世界には自分が救わなくてはならない相手即ち、病気の人も貧乏の人も争っている人も一人もそんな不完全な人はおらず、皆、既に救われた、尊い拝むべき仏様ばかりいらっしゃるのであるという真理を如実に悟る為の伏線というか基礎工事であったのである。  
 私はそれらの基礎工事があったればこそ、生長の家の宇治別格本山での榎本恵吾先生の「そのままでよい」というお言葉の意味を如実に感ずる事が出来、自分の中に既に完全円満な神の国があるという事を悟り、同時に全ての人類、全宇宙の実相が既に救う必要のない完全円満なものであったという事を観ずる事が出来たのである。
 正に地獄の底を突き抜けた時、極楽浄土があったのである。

 現在、この日本も目を覆うような幼児殺しの事件が殆ど毎日の様に起こっている。また地球温暖化の為の異常気象が世界を覆い始めている。このままでは我が日本国、人類は累卵の危機の様に見える。しかし、こうした状況になったればこそ、人類が真理、即ち、国益とか物質的利益、経済的利益を超えた本当に大切なものを学ぶまたとない好機が到来して来ていると言えると思う。

 堀 浩二

 
by koujihori | 2005-12-13 17:46 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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