天地一切のものに感謝する。

 私は昔から生長の家の「天地一切のものに感謝せよ」という大調和の神示は素晴らしいが実行するのはかなり厳しいと思っていた。

 そりゃ、父母や配偶者に感謝するのは大事だし、変な話、そこがツボだからそこさえクリアーしてれば後は適当にしていれば良いと功利的な考えになっていたと思う。

 しかし、さっき、うちの会社の社員が役員室を勝手に私の許可無く使っていたので一瞬、イラッと来た。それでその社員に「今度ここを使う時は僕の許可を取ってね。ところでその会合は社員食堂じゃ出来ないの?」と質っした。

 その時ハッとした。私はこの社員に苛立っているがこれは天地一切のものに感謝していないと。
 一事が万事でいと小さきものに対する態度は即ち吾にしたのであると聖書におけるキリスト教の教えにあるが自分に取って親とか妻でもない一般の人やそれ以外の動植物に対してもどういう心持ちかは大事でそれは神に対するものと同じだと言う事を実感した。一物一切物であり繰り返すが一事が万事であるからだ。

 だから、天地一切は即ちどんな自分に取って小さな存在であってもそれは神に通じるという事であり、それに対して腹を立てたり苛立つ心は神に対して腹を立てたり不安に思う心と同じなのだ。

PS
私はその後、その社員(女性のIさん)が休んだ社員(男性のIさん)の為の研修をその社員だけの為にわざわざ時間を割いてやる為にその部屋を使おうとした事を知った。私はこの女性のIさんに対しては計算高い功利的な女性という認識だったから彼女を見直した。私が天地一切のものに感謝する気持ちになったらIさんの実相が私に見えて来たという事だと思う。

堀 浩二
by koujihori | 2016-12-20 13:45 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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