自分の中に真理を見出さないと

 生長の家って結局自分の中に真理を見出さないと駄目なんですよね。そうでないと外側に振り回される。外側というのは聖典や総裁先生のご指導も含まれます。
 
 自分自身が内に真理を見出していないで外にばかりそれを求めている状態でその外の言葉に盲従しているようだとそれは一種の洗脳とも言えるし、また聖典の言葉とか総裁先生のご指導というのはその時、その場で色々と状況に応じて色づけされて出て来るからあそこではこう書いてあるかと思えばこっちには全然逆な事が書いてある。
 そうなると迷ってしまう訳です。受け取る方としては。原理主義者というのはその点、迷う事は無いでしょう。何故なら彼らは教典の中の自分に都合の良い所だけを拡大解釈するからです。

 それはともかく生長の家は自分の中に生長の家の真理を見出さなくては駄目です。それを悟ると言います。真理は外にあるのではない。自分にある。しかし、これは聖経「甘露の法雨」にちゃんと書いてある。即ち
「神の国は吾が内にのみあり。外にこれを求むる者は永遠にこれを得ることあたわず」と。

 神の国とは真理の事ですね。だから、人間は究極は自分の中に真理を見出さなくてはならないし、それが吾神の子の自覚ですね。そしてそれを得せしめるのが生長の家の目的です。 

堀 浩二
by koujihori | 2017-04-13 15:26 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ぼんくら雅宣 at 2017-04-18 06:04 x
堀さん、『中心帰一』はどうしたの?
Commented by koujihori at 2017-04-20 13:28
 中心帰一って神の御心に中心帰一する事です。それは雅宣先生も仰ってます。清超先生も仰ってますよ。
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