生長の家は実相独在と心の法則。この二つしかない。

 生長の家の本は夥しいと言って良いほどの数があり、ことに雅春先生は著作数の多さのギネス記録保持者だそうです。来る日も来る日も朝から晩まで机に向かって執筆活動をされてたとの事。

 でその雅春先生の御本ですが繰り返しますが実に様々多岐に渡っての著作があり、「新しい結婚」では夫婦間のセックスのやり方まで指南されています。本当に人々の幸せを願われていたからその為に事細かに具体的にこういう時はこうしたらよいと言うお話をお書きになっています。

 その中で先祖供養のやり方も非常に懇切丁寧にご指導されていて、そこでは「迷った状態で霊界に行った霊魂が霊界で苦しんで子孫に助けて欲しいという念波を送って来てそれに感応した子孫に病気を現す事がある。こうした祖先霊を速やかに悟らせてあげる為に供養をするのが子孫の役目である。」と言う記述もある。
 また、「人間の現世の運命は前世の成績によるものが50%、25%が高級霊の導き、残りの25%が本人の努力」というのもある。だからこれを強調していくら努力しても1/4の効果しかないから先祖供養をしたら良いなどという人も生長の家の中に出て来る訳だ。

 しかしながらこれはおかしい。生長の家の真髄は実相独在。そして現象は心の影という事です。これは唯神実相と唯心所現要するに縦の真理と横の真理の二つ。これだけです。生長の家の教えは。他の色々の教えはそこから派生するものと言って良い。

 だから生長の家信徒たるものあくまで
「今ここそのまま神の国であり実相世界である。そしてそれを観ずればそれがありありと観じられる。その心の展開として現象世界がある。」という真理だけを求めそして吾がものとし、そして悦んでおれば良いと思います。

 要するにこの世界は完全円満の実相世界とそれが自分で出て来る事しかなくてその自分で出て来る過程で観世音菩薩によるお示しがあり、それが心の法則であり、そのお示しに従って自己の心を改めて行く中で現象的に実相顕現がある。という事ですね。その観世音菩薩のお示しというのは自己の心の過去の業を現象的に現して示して下さる働きだから、その過去の業が前世の業とも言えます。

 そして先祖供養はあくまで先祖に対する感謝の表明としてやるので迷った先祖の存在を認めてそれを救う為にやるのではないです。

堀 浩二
by koujihori | 2017-05-10 11:17 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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