全ての問題は神が解決して下さる。我(が)は要らない。

 「皆さん!全託と言ったら本当の全託ですよ!」とは宇治別格本山でご指導されていた榎本恵吾先生のお言葉です。
 世に「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がありますが生長の家も「ここまでは人間の役割で後は神様に全託」という言い方がされる事があります。
 でもそれは正確に言うと正しくない。全託と言ったら本当に何もかも神に任せきる事です。浄心行して自分の積年の恨みの念がすっきりしたとします。でも現実に戻ると相も変わらず人として本来でない仕打ちを相手はして来る。でも感謝しないと自分や家族が病気になったりその他の不幸になるのは分かっている。感謝しなくてはと思っても今目の前で行われている不正に対する憤りはどうしもようもない。それだけじゃない。生長の家の生き方としてこうすべしという事があってもどうしてもやり切れない自分がいる。

 これはもう神様に全部問題を預けてしまう以外無いのです。感謝も神がさせて下さる。本来やるべき事も神様が自分又は他の人をして自ずとやらしめ給う。

 それが生長の家の本当の信仰であると思います。問題は神が解決し給う。実相は自分で出て来る。そのままでよい。我(が)は要らないのです。

 そのままの中で観世音菩薩が色々お示し下さって徐々に自分の認識が高まる。それが実相が自分で出て来ている事なのでそれで良いのです。そこに人生が神の生即ち神生となる。

堀 浩二
by koujihori | 2017-05-22 11:15 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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