本当の幸福とは

 私はこのところ、表面的には艱難続きである。特にある場所で不遇を受け、居場所が無くなって来ている感じだ。

 しかし、これはその奥で途轍もなく素晴らしい事が進行している事だとは何となく感づいていた。私が不遇を受けるのは私に愛が足りない事の観世音菩薩の働きであると思っていた。そして、ある時、決定的に自分には愛が無いという事を実感する出来事があった。 
 それは先日、ある友人に呑み会に誘われた際、その友人の写真を持っていたスマホで何気なく写した。それを後からフェイスブックにアップして、その友人を小バカにした文章を添えて投稿しようとしたのだ。その時に実感したのだ。ああ自分はこの友人に対する愛が足りないと。
 実はこういう傾向は私は生まれつきあったのだ。だから人を批判してしまう。愛があれば批判なんかしないのです。

 そこで全てが本当に分かりました。自分は愛が足りなくてそれでかつてノイローゼとか不眠症になったのだと。その事は雅春先生が「生命の実相」の中で書いてある。

 今のある場所での不遇は自分に愛が足りないからそうなったのでありそれが観世音菩薩となって自分にお示しがあった。
 しかし、観世音菩薩として自分にそのお示しがあったと気がついた時点で自分の中の実相が出て来ているのです。何度も言いますが実相は自分で出て来る。

 私がフェイスブックで友人に愛のない行為をしようとした時点でそれが自分に愛が無かったと実感出来たのは私の中の実相が出て来て愛が表面に出て来たからこそ過去の自分が悪かったと気がついたんですね。

 こうした人格の生長こそが私がこの世に生を受けた大きな目的でありました。そして何かしら問題が起こって来た時はそれが実相が出て来るきざしというか基礎工事になっている訳であります。

堀 浩二
by koujihori | 2017-06-26 10:33 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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