敵は我が内にあり

 男は外に出れば、七人の敵が居るとよく言われる。私もそれにほぼ同感であった。男たるもの自分の信念に従って生きれば、他人と安易に妥協しないで生きる事は当然であり、むしろ敵が全然居ない男なんてそんなのは八方美人みたいなものであり、ふがいない信用ならない男であると信じていた。

 しかし、敵というものは果たして本当に存在するものであろうか?それは勝手に自分が心で夢想して現象の世界にそれを相手に投影して独り相撲しているだけではないのか?

 というのは生長の家の真理では本当にある世界、実相世界即ち神の国は完全円満であり、一人も不完全な人間も悪人も本来存在しないというのである。
 そしてこの現象世界は本当にある世界ではなく我々の心が映し出している現世(うつしよ)であるから悪い人間、自分に敵対して来る人間は本当は神の子でいい人であるのに自分がその実相を観ないで、相手を悪いやつである、この世には悪いけしからん人間が存在するのであるという自分の認識を相手に投影させているだけという事になるのである。

 私は長い間、小泉首相を愚かな悪い首相であると思い、郵政民営化選挙の時の法案反対派をつぶす女刺客作戦そして、先日の皇室典範改悪に向けての画策等に対し、非常な憤りを感じていた。しかし、それが紀子様の御懐妊でいったん、小泉首相の皇室典範改悪の目論見が頓挫して、やれやれと思ったが、その時、自分の心が完全に晴れず、また新たな批判する相手を探している自分がそこにあるという事に自ら気が付いたのであった。
 これは具体的に小泉首相という悪い人がいるのではなく、自分が勝手に悪い人間というものを想像し、それを小泉首相という対象に投影させていただけではないかと悟ったのである。

 そう言えば、私は自分の組織内で自分の上司とか上役が悪いとか理解が無いとか常に嘆いていたようだ。
 
 この世界は自分の認識が映っている世界であり、本当は自分の外部に具体的な悪とか敵は存在しないのである。全てのもの、人の実相は神に作られた完全円満な無限の善なる存在であり、それを我々が心の眼で観さえすれば、その実相が現象的にも現れる。


「敵は我が内にあり」である。

堀 浩二
by koujihori | 2006-02-13 16:46 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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