人生無駄なものは一つもない

 本日は人生論について書こうと思う。私は今年、46歳になるが今までの自分の人生を振り返って見て、つくづく人生というのは無駄な事は一つもないのだなと思うのである。 人生には色々あり、順風満帆な時もあれば、嵐吹きすさぶ苦しい時もある。しかし、それらは全て本当には悪いものは一つもないのである。
 私の信仰する生長の家ではこの世界は現象世界であって映しの世界であり、本当に実在する世界ではないと説いている。本当に実在する世界は内なる世界、これを生長の家では実相世界と呼んでいてそれは円満完全な世界、神の世界であると言うのである。
 そしてこの人生はその内なる円満完全な実相世界、神の国をこの現世(うつしよ)に顕現させる為の勉強の場、いわば人生学校であると説いている。

 私は子供の頃は余り、成績の良い方ではなく、高校でも出来る方ではなかった。そんなに程度のいい高校ではなかったがその中でも私の成績は下の方であった。しかし、高校一年の時に受けた生長の家の練成会で人間神の子無限力ということを知った私は自分もやれば出来るんだと思って、東京六大学の内の一つ立教大学に入学することが出来た。今までの私の成績を知っていた周囲からは随分、驚かれたものである。その後、私は大学卒業後就職をし、生長の家の組織活動にも参加するようになった。

 私は大学を出てすぐある中小の機械商社に就職し、そこで社会勉強を三年程させて頂いてから父の経営する会社に入った。
 最初はまず会社の製品を学ぶ為に営業部に配属された。しかし、製品知識を覚える事が困難を極めたのである。というのは父の会社の製品は精密な機械製品だったので非常に専門的な機械知識を要求されたからである。経済学部出身の私にはそもそも機械的素養がないので、そこで大変な苦労をしたのである。
 私はすっかり自信を失ってしまい、会社の中でも居場所が無い様な感じであった。

 そんなこんなで2年が経ち、30歳になった私は総務部に移動になり、本来の目的の仕事であった経理、総務の業務につく事になったが、そこでもしばらく下積みの期間が数年続いた。自分は一応、大学は出たものの自分の天分とか生涯掛けて行く自分ならではの仕事とは何であろうかということが分からず、自分は無価値な人間ではないのかという思いにとらわれるようになっていた。

 29歳で結婚した私は30歳で長男が誕生して、その時、既に一家の主となっていたが悶々とした日々が続いていた。そうこうする中、色々な考え方の違いから社長である父とも折り合いが悪くなり、私自身も信仰に対する考え方が全然間違っていたので37歳の時、殆どノイローゼ状態となり、夜は全く眠れないという状態が約1年続いた。睡眠薬等,薬には手を出さなかったがよくああいう状態で一年も生きていたと今から思う。
 そういう状態は妻だけが知っていて両親や兄にはその間、ずっと伏せてきた。妻は私が一番苦しかったその時期を本当に親身になって支えてくれたのである。その後、私は自分の状態を両親にも打ち明け、生長の家の京都の宇治の道場に長期練成に行く事になった。私の状態を知った両親は大変心配してくれ、特に父の心配の仕方は大変なものであった。
 そもそもそういう不眠症とかノイローゼとかの頭の病気になるというのは頭に象徴される目上の者を恨んでいる場合が多いのである。私はその時まで間違いなく父を恨んでいたのである。父は昔気質の人で決して愛情を表現する事をせず、いつも私は子供の頃から体罰を受け、叱られて育ったのである。しかし、私がそんな状態になった事を知った父の心配の仕方は尋常なものではなかった。皮肉にも私はその時、始めて父が自分を愛してくれていたということを知ったのである。

 私は本当に人生のどん底に落ち、妻も子供もいるのに会社は休職し、生長の家の道場の汚い宿舎での惨めな生活が始まったのである。
 ところが実はここから私の悦びに満たされた神に祝福された人生がスタートするのである。私は自分の生涯の師とも言える榎本恵吾先生とこの生長の家宇治別格本山で巡り合い、先生の薫陶により生長の家の神髄に触れ、神に生かされている悦びに目覚める事が出来たのである。 私は大安心の心に満たされ、精神的にも肉体的にも救われ、その2ケ月後、会社に復帰した。今から8年前の平成9年9月の事である。
 それから私は以前の数百倍のパワーと悦びで仕事に趣味に地域活動に積極的に邁進することが出来るようになり、現在に至っているのである。

 そして現在では自分の神から与えられた天分、自分ならではの役割とは何かということを明確に知ることが出来、お陰様で悦びに満たされた人生を送らせて頂いている。自分の今までの経験は正にそれを知る為であり、全ての経験が無駄ではなかったということが実感で分かるのである。

 皆さん、丑三つ時という朝が明ける直前が一番暗いと言われます。ものごとが良くなる時はその直前が一番暗いのです。しかし、それに負けないでしばらく我慢して頑張っていけば、必ず夜明けは来る。それは私が保証します。私が一番苦しかった時を支えてくれたのは生長の家総裁谷口清超先生の「解決できない問題は存在しない。」のこの一言だけであった。私はこの一言にしがみついて死にものぐるいでつらい一年間を乗り越えたのである。そしてそれを支えてくれたのは我が妻であり、両親であり、姉達であり、兄であった。 我々は一人で生きているようで家族を始め、実に沢山の人達に支えられて、生かされて生きているのである。それを短期的に見て、もう駄目だなんて思ってはならないと思う。

 この世界は一見、不幸に見えるものが沢山ある様だが実は一切の無駄、本当に悪いものは一つも存在しない。長い目、大局的に見ればそれらが皆全て本当に尊い経験となる良いことばかりであり、これらの経験を通して我々の素晴らしい神の命をこの世界に表現して行くのである。

堀 浩二
by koujihori | 2005-04-21 23:37 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 鈴木 紀夫 at 2010-09-16 15:13 x
ありがとうございます やっと あなた様の直球のような言葉にたどりつきました h22年9月10日頃 魂が歓び こんな人もいたのかと人生の不思議さを感じました 毎日精読しています ありがとう ありがとう
Commented by koujihori at 2010-09-16 19:38
鈴木さん


 もったいないお言葉、誠に有り難う御座いました。生長の家のポスティングジョイではkouchanというアバター名で毎日投稿してますからそちらも良ければどうぞ
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