業障海

 「業障海に落ちる」と言う言葉がある。
 それはこの世界は自分の思い通りになる世界であるから、自分の心を整えたものにしなくてはならないと思うのであるから、悪い事を思ったらそれが実現するんだから、悪い事を思ってはいけないとか、又は自分を生かす為には、うまくやる為には自分の心を制御して、良い事を思わなくてはならない、自分は出来るんだと思わなくてはならないと言うことでがんじがらめになってしまう事である。
 
 それは自分が生きているのは自分で生きているのではなく、神に生かされているという事、自分の力は自分の力ではなく、神の力であり、それが絶対的なものであるという事を忘れ、自分が自分を制御しなくてはならない、自分で自分を生かさなくてはならないという心である。
 
 それ即ち自分は今、このままで完全円満であるという事を忘れた、自分はまだ不完全でこれから我(が)で良くしなくてはならないという思いである。それが「業障海に落ちる」という事である。
 従って、自分が神に生かされているという事、このままで完全円満であるという事を悟れば、業障海から抜け出す事が出来るのである。
 
 生長の家を知り、「思ったら思った通りになる」という心の法則を知った為にそれが却って悩みの種になったりするが、それは真理を探究する人が必ず一度は通らなくてはならない過程である。
そうした中、生長の家を仲間と共に良き師について一所懸命やり続けて行けば、やがて、「実相独在」という生長の家の根本真理を自ずと悟る日が必ず来る。そうすると「心の法則」の心も本来無く、ここにあるのは完全円満の神に生かされた自分しか無いという事が分かり、業障海から抜ける日が来るのである。


堀 浩二
by koujihori | 2006-04-06 16:13 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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