迷いはナイ(2)

 私が以前、聞いたある大学の哲学の教授の話によると、神というのが全知全能であるならば、神は考えるという事をしないというのである。即ち、全知全能であるならば、答えを探るのに頭で考える必要がなく、最初から、答えを知っているからであるという事だった。

 それを聞いたのは今から約30年前の事であるが、その時はそんなバカなと思っていた。ものごとを決めたり、判断するのに全然、考えないなんてバカな事があるものかと思った。しかし、それは真理ではないかと最近、思うようになったのである。

 というのは我々が頭を使う時には自分の判断を信じて今、何をどのようにするかという事をどんどんやって行くのに頭を使ったり、計算をしたりする以外はあまり、答えを求めて考え込まないという方が健全な状態であると思う。
 私はテニスをやっているが、その打ち方、戦略は色々やり方があり、何のプランもやり方も無しにやって行く事は到底出来ないが、だからと言って、頭でああだこうだと悩んだり、考えすぎたりするとろくな事にならず、迷いばかりが出て来て、結局うまく行かないのである。

 テニスの正しい打ち方や戦略は頭であれこれ考えずに、真剣にプレイする中でインスピレーション的にスパッと内側から思いついて、分かる事が多く、あれこれ頭で考えた事では駄目なのである。
 自分に自信がある技、例えば私などはグラウンドストロークに自信があるが、それに関しては殆ど考え込んだり、悩んだりする事はなく、自分の技に何か問題があっても、それの向上の為に更なるヒントは偶然、誰かから教えてもらったりして、上達するのであり、自分で悩んで考え込んだりした上で上達するという事は無かった。
 それに引き替え、自信が無く、苦手だと思っていたサーブに関してはいつも悩んでいて、常にもっとうまいやり方はないだろうかとあれこれ頭で考えているという状態であった。そして、いくら考えても、研究しても本当に得意になるという事は無かった。

 即ち、自信がある、出来るという事は既に自分の中でズバリやり方が分かるという事であり、何の迷いも無いという事で、それはやはり、「考えない」という事なのである。それは自信があるという事は自分の中に全知全能があるという事であるからである。
 そして、我らは神の子であり、自分の中に完全円満の神の国、即ち全知全能の神がいらっしゃるのである。それが真理である。

 それを自覚しないと人は自分は分からないと思い、分からないから答えを求めて、自分の外に真理を探究しようとするのである。そして、色々考えて、迷ってそして結局ろくな答えは見つからないのである。
 そして、自分の決断とか人生に自信が持てず、常に何か間違った人生を送ってきたんじゃないかとかいつもくよくよし、そしてどうしたら良いか常にうじうじ考えているのである。そして、過去に下して来た自分の判断、そして現在の判断を疑い、自分の人生を疑い、常に悶々としているのである。

 自分が神の子であり、自分の中に神の国があると自覚すれば、自分の中に真理があるという事が分かるから頭で考えなくても自己の内の神の声に耳をすませておれば、それがそのまま最も良い判断となって、我らの人生を良い方へ導いてくれるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2006-05-01 15:25 | 信仰 | Trackback(1) | Comments(0)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/3037682
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Tracked from セミリタイアただいま準備中 at 2006-05-12 16:53
タイトル : 人生設計
人生設計というより、さらに考え直したというか、今まであんまり考えていませんでしたね。... more
<< 現象はナイ(2) トラウマ >>