生長の本道に乗る

 生長の本道に乗るという言葉がある。我々は神の子であり、内に完全円満な神の無限生命を宿している。この現象世界は縦横厚みの三次元そして時間という概念を足した四次元世界だが、その四次元の限定された現象世界に無限次元のその完全円満な神の国又は神の子人間の生命を表現して行くのがこの人生である。
 
 内に無限の可能性を秘めていても、それを表現するには先ず自分の中に完全円満な神の生命が宿っている事を自覚し、自覚した上でそれを掘り起こして行く作業が必要になって来る。人類は開闢以来、その我が内に宿る完全円満な神の生命を如何に悟り、如何にそれをこの現象世界に表現するかという事を繰り返して来たのである。
 
 だから、この世界は人生学校と言い、我々は肉体での人生を何回も何十回も生まれ変わりながら、この人生学校の学びを深め、自分の中の完全円満な無限力を人生に表現して行くのである。
 その学びというのは大抵、色々な経験、ことに失敗体験を重ねる中で進んで行く。だから人生において如何なる失敗体験をしようともそれは表面的にはマイナスかも知れないが魂の向上という面から観れば人生学校に於ける大切な学びである。
 これはこういう事をすれば、こういう考え方、こういう心持ちであれば結果としてこういうまずい結果、失敗になるという事を直接体験し、その中で徐々に本来の心の持ち方、生活の仕方を肌で学ぶのである。
 その過程に於いて、色々な人生上の間違い、言い換えれば罪を犯し、その報いを刈り取る事により、こういう事をしてはいけないんだという事を悟っていくのである。
 しかし、それを誰の先達の導きも受けないでただ独力でその魂の修行をして行くならば、罪を刈り取る時の大変な苦痛の期間を大変な長い期間、経験しなければならないので神様がそれを不憫に思って、人類の道しるべとなるべき宗教的天才を地上に遣わすのである。
 それが釈迦、キリストなどの古今東西の有史以来の宗教的天才である。もちろん生長の家創始者谷口雅春先生もその中に入る。
 
 こうした宗教的天才の導くままにその教えをハイと受けて、努力精進するものは自分の犯した罪の報いを受ける大変苦しい清めの期間を比較的速やかに卒業して、悦びの中で生き生きと人生勉強、魂の無限生長をする事が出来る。
 それが生長の本道に乗るという事である。生長の本道に乗るという事は神が遣わした宗教的天才の教えに素直にハイと従って、努力精進し、そして、人間は今、そのままで完全園円満な神の子であるという教えを素直に受けて行く事である。
 
 人間は内に無限の可能性を秘めた完全円満な神の生命を宿しているから、伸びたい、学びたい、生長したいと常に思っているのである。しかし、そう思う者は人間は色々な失敗経験をしないと学べない、思い知らない、真剣にならないと何となく思っている。
 それは表面の意識ではそうはっきりとは思っていないかも知れないが、人間には表面の現在意識が意識の5%に過ぎないとすれば、その下に無意識層、潜在意識層があり、これは人間の意識の95%を占めているが、その潜在意識が自分は伸びたい、生長したい、その為には失敗経験をしなくてはならないと思っているのである。
 すると失敗経験というのは罪の事であり、その報いは苦痛であるから、自分は苦痛を受けないと生長できないと固く信じているのである。そうなると生長したくて仕方がないのが我々の本当の生命であるから、自分を生長させる為には苦痛が必要だと強く思っている。それは苦痛を潜在意識で常に望んでいるという事になる。そうなると5%の現在意識で如何に苦痛を嫌っていても、人生に心の力で苦痛を常に呼び寄せる事になる。
 
 しかし、自分がそんな失敗体験なんてしなくても今、そのままで完全円満な神の生命であるという事を如実に悟ると苦痛経験、失敗体験無しでずんずん進歩生長するのである。
 正にそれこそが生長の本道に乗るという事である。それは「出来る」「無限力」「神の生命」が現象世界に直接、投影して来て、その為、ずんずん日を追って、生長、進歩するのである。
 生長の本道に乗るとは我(が)がこれから良くなろうともがく事ではなく、神が直接出て来る事であり、既に吾、無限力なりの自覚、悟りが展開する事である。

 自分が今、そのままで完全円満で何も問題がナイという事が分かると、今すぐ無限力が出て、かつ目も開けて来て色々な事が一度に分かってくる。失敗体験即ち苦痛は要らないのである。
 そして、自分が今、そのままで完全円満で何も問題がナイという事が分かると、全ての人との人間関係が今すぐ良くなるのである。仲違いしていた人とは和解し、侮辱していた人に対しては尊敬出来る様になり、また逆に自分も尊敬され、好かれる様になり、そして不倫、浮気なども自ずとしなくなる。これらの不調和は本来の調和した人間関係が単にちょっと歪んで映っているに過ぎないからである。
 生長の本道に乗れば、ただ良くなる一方、悟る一方、悦びが増す一方、実力がどんどん伸びる一方の光が光するのみの無限生長となるのである。
 苦労しなければ、生長出来ないと思う心は受難礼賛の心、不幸、苦労を呼ぶ心である。自分が何も苦労しなくてもこのままで完全円満であると悟れば、光が直接出て来て、その光はますます輝きを増し、どんどん良くなり、どんどん無限生長するのである。

 私はこの事を趣味であるテニスをやる中で如実に実感した。私はまだ自分は駄目だ、まだ下手だ、うまくなる為にはこれだけの研究と訓練と失敗経験が必要だと思っていた時はあの問題が良くなったと思ったらこっちの問題が悪くなるの繰り返しで一向に本当にはうまくならず、常に苦労と挫折と屈辱の繰り返しだったのが、ある日、忽然と悟って、自分はこのままで無限力で完全円満なテニスプレーヤーであると悟った瞬間、すぐに問題や悩みが全て消え、ずんずんうまくなり、何故今まで試合で中々勝てなかったかという事が急にあたりが明るくなって来たように手に取る様に分かって来たのである。
 こうなると苦労とか失敗とか恥かきなどを経ないで今すぐ力を発揮し、それが日を追ってどんどん更に上達するという感じなのである。

堀 浩二
by koujihori | 2006-06-28 13:27 | 信仰 | Trackback(1) | Comments(9)
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Commented by miho at 2008-09-28 14:46 x
生長の本道に乗るという事の意味が掴めず、こちらのブログに辿り着きました。現在生命の実相1を再読している最中です。おかげ様で生長の本道に乗るという意味が掴めました・・!ありがとうございました!
ひとつ気になったのですが、こちらのブログ文中の
>自分が今、そのままで完全円満で何も問題がナイという事が分かると
これは実相のことを指しておられますよね?
確かに実相(人間の本性である神性)はそうだと思うのですが、
生命の実相1・頭注版・P186・・
【このままで「神の子」としての自覚が出ていると思ったらそれは慢心でありまして、それ以上、その人は徳性においても、芸道においても進歩するということはないのであります。(中略)毎日毎日反省して、蛇が皮をぬぐように毎日「ウソの自分」(神の子らしくない自分)を捨てる・・(中略)こうすることによってわれらは毎日新たに神にいっそう近づくことができる、すなわちわれわれの無限生長の道があるのであります】
こうおっしゃっておられる谷口雅春氏のことばとは微妙に認識が異なっておられるのかなー・・と感じました。
Commented by miho at 2008-09-28 14:48 x
続きです。

ものすごく言いたいことが似ているから紛らわしいのですが、
谷口氏は、
「自分は神の子であるからこんな不完全な状態は自分の本性ではない、本性でないものはウソである、いつまでもウソを自分の天性だと思って天狗になっていてはいけない」ということに気づき、不完全な自分を毎日反省して、ウソの自分を捨て、毎日新たに神にいっそう近づく・・こうすることによって無限生長の道がある、とおっしゃられています。

現状に満足して慢心し、苦労を怠るなという意味ではないと思います。
神の子らしくない不完全な状態にあまんじることを慢心と言っておられるのではないかな・・と思いました。ですから、日々ウソの自分を捨て去ることで、毎日神に近づくことが出来る。ここに無限生長の道が顕れるんだ、と。
本当の「神の子」としての自覚というものはそんな安っぽいものではない、とおっしゃられている真意もここにあるのではないかな・・と感じました。違っていたらすみません。
Commented by koujihori at 2008-09-28 21:10
miho様

 初コメント有り難うございました。これからもお気軽にどんどんお願いいたします。ところで随分前の文章をご覧になられたのですね。まあ、古いものに対しても私は説明する責任がありますのでお話させて頂きます。

 そのままで完全円満というのは勿論、実相の事であって、現象の事ではありません。現象というのは言わば我々の認識が投影されているものに過ぎません。我々が自分というもの、又は世界というものをどう観ているかの認識が映っているのが現象であります。だから、自分の実相を今、どう自分で認識しているかという事が大事であって、それがまだ駄目だ、まだこのままでは不完全だ、もっと心を清め、その為にはもっと行をして行かなくてはならないなんて思っていれば、その認識通り、我々はいくら精進してもいくら行をやっても、やればやるほど、その「まだ不完全だ」の自分の認識が投影されて、現象が不完全に肉体は不健康になり、この目の前に展開されている世界が弱肉強食や闘争、矛盾の満ちた世界に感じられるのであります。

 
Commented by koujihori at 2008-09-29 09:20
miho様

(続きです。)
 そのままでよい・・・この言葉は正に本物の吾を指す言葉であり、現象なるものはナイのですね。不完全な現象はナイということが「そのままでよい」という事の裏返しでもあります。
Commented by miho at 2008-09-29 22:02 x
分かりやすくお答えいただきましてありがとうございました・・!現象は認識の鏡であるという事ですね・・。
>実相を今、どう自分で認識しているかという事が大事であって
この一文に雷が落ちました。ありがとうございます☆
ところで、先生にご相談させて頂きたい事があるのですがよろしいでしょうか。度重なる失礼をどうかお許し下さい。
私にはパーキンソンを患っている父がいます。父は認知症も併発しています。父の病の原因は、心の闇だと思います。父に生命の実相を読んで聞かせたいと思うのですが、他県に暮らしているのと、小さな子どもがいるので細切れにしか時間が取れず、本を読み終わるのに何日かかるだろうかと少々心配に思います。毎日毎日この光明思想に触れてこそ、体感できるものだとも思うのです。父にこの真理を理解し体得してもらいたい。生長の家の講演会に連れて行った方が読んで聞かせるよりも良いと思われますか・・?ご意見頂ければ幸いです。
Commented by koujihori at 2008-09-30 10:46
miho様

 お父さんを救って上げたいというお心、本当に尊く、愛深いお心だと思います。でも、お父さんをあなたが救う事は到底出来ません。実際、「生命の実相」を読んで聞かせて救うという事も現実問題不可能と思われます。確かに読んだり、聞いたりして真理を悟り、救われるという事もありましょう。でも、実際は毎日、甘露の法雨を読んで何十年という人が組織内で他の人の成績に嫉妬しているというのが現実です。

 お父さんを救う道はただ一つです。あなたのそれこそ認識が変わるだけで良いのです。現象はナイ、それは自分の認識が映っているだけだとは先日申し上げました。お父さんは始めから救われ、無限健康であります。現象の病の原因は心の闇と仰っておりますが、それも現象の事で現象はナイと断ち切ってしまわなくてはなりません。どこどこまでも実相独在であり、それは宇宙の最初から今、そのままでその実相の完全円満さは宇宙に満ちているのであります。
Commented by koujihori at 2008-09-30 10:47
miho様

(続きです。)
 だから、お父さんも一度も心の闇を持った事も無ければ、病気になった事もありません。それがそう見えないのはあなたの心の認識がそうなっているだけで、あなたが病ナシ、闇ナシ、迷いナシの生長の家の神髄を悟れば、本来の無限健康のお父さんの実相があなたにも見えて来ます。

 従って、あなたはお父さんを救う必要は無く、ただ、既に完全円満の実相を観れば良いのです。その根本自覚から内側から何かあなたに「これをやりたい」というインスピレーションがわき起こって来たら素直にそれを実行する事です。

 とにもかくにもお父さんは既に救われている、お父さんに今、必要な事は神様が全知全能の力で持って、やって下さると本当に神様に全託して、あなたは心安らかにしておれば良いのです。
 
Commented by miho at 2008-10-02 11:29 x
堀先生

ありがとうございます。

>ただ、既に完全円満の実相を観れば良いのです。その根本自覚>から内側から何かあなたに「これをやりたい」というインスピレーシ>ョンがわき起こって来たら素直にそれを実行する事です。

はい。そのようにしたいと思います。大きなヒントを頂き本当にありがとうございます・・!

>実際は毎日、甘露の法雨を読んで何十年という人が
>組織内で他の人の成績に嫉妬しているというのが現実です。

正直「えっ」と驚きました。その方は真理を自分の事として、理解されていらっしゃらないんですね。何十年も読まれているのに表面かすってるというのは何だかもったいない事だな・・って思いました。以前美輪さんが、「お経は心を込めてよまないとただの鼻歌」とおっしゃっていたのを思い出しました。意味を理解しながら、心を込めてよむことが大切ですよね。
Commented by miho at 2008-10-02 11:29 x
続きです。


「生命の実相」は京セラ会長の稲盛氏がご自身の原点としてご紹介されていたので興味がありました。実際に縁があって読ませていただく機会を頂きました。心から出会いに感謝しています。
以前から夜寝る前に感謝の時間を作っていたんですが、その際の言葉が少し変化しました。生きている者死んでいる者全てに真理の光が差し込み、罪・病い・死、その他一切の悩みや苦しみが消えますようにと祈っています。8巻の神想観も手に入れたので、これから読むのが楽しみです。
また遊びに来させて下さい☆ありがとうございました。
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