生長の家とは何か

 私は生長の家の信徒である。生長の家とはそもそも谷口雅春という方が昭和五年、今から76年前に創始された。
 歴史的事実はそうなのであるが、それではそもそも生長の家とは何であろうか?生長の家とは一宗一派の宗教ではなく、邪教や外道は別にして、世界宗教と言われる様な数千年の歴史のある全ての宗教、宗派というものの教えの根本は一つであり、共通していて、その共通の神髄を現代語で分かり易く説いているのが生長の家である。
 その真理は人間は本来は完全円満の神の子であるという事、そして肉体を含む物質及び現象は本来存在せず、それは吾々人間の認識の影であるという事である。
 従って、人間は自己の本質と宇宙の本質が本来完全円満であるという事に目覚めればその認識が現象界に反映されて、地上天国が実現するというのである。それを悟り又は解脱と言うのであり、そして、その自覚を全人類に拡げて行く事が重要でそれを人類光明化運動、もしくは国際平和信仰運動と呼んでいる。
 
 そして、生長の家の説く、またもう一つの重要な真理が冒頭で申し上げた全ての正しい宗教の神髄は本来一つのものであるという事である。それを生長の家では万教帰一と呼んでいる。 この事が全宗教の信者に理解されればお互いの宗教を邪教などと言って、排斥し合う事も無くなり、お互いの役割を尊重し合い、尊敬し合える様な世界が到来し、そこに宗教争い、宗教戦争というものが無くなり、世界平和が到来するのである。
 生長の家というものはかくも素晴らしい教えである。従って、私は青年期にこれはどんな人にも伝道して良い、いや、是非しなくてはならないと思って、会社の同僚や友人、親戚、知人に伝道したものだった。

 それはともかくとして、生長の家とは一宗一派の教えではなく、その共通の神髄を説いているという事は先に述べさせて頂いたが、もっと踏み込んで考えれば、生長の家とは全ての全ての事である。
 即ち、そもそも生長の家とは何故、この様な名称であるかというと、生長の家の生とは縦に無限に伸びる時間というものを象徴しており、生長の家の長とは横に無限に伸びる空間というものを象徴している。そして、家というのは家庭の家とも言えるが、そもそもそれは広義には大宇宙を指している。生長の家というのは現象の時間、空間の出て来る本源の霊的実在大宇宙という事である。

 即ち、生長の家とは単なる日本に本部が存在する一宗教団体の事ではなく、その本質は大宇宙そのものの事であり、森羅万象全ての事である。だから、全ての人はそのままで生長の家の人であり、全ての家はそのままで生長の家である。そして、キリスト教も仏教もイスラム教も神道も全てが生長の家の展開である。日本国東京原宿にある宗教法人生長の家本部などは生長の家の運動の単なる地上の事務的執務機関の中枢に過ぎない。
 だから、生長の家とは何も特別の宗教や団体などというものではなく、全ての人類の営み、全宇宙の営みがそのまま生長の家という事になる。

 従って、生長の家とは全人類を救う運動ではなくて、全人類を拝む運動である。

堀 浩二
by koujihori | 2006-11-27 13:23 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/4250794
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 戦後の日本 勇気について(2) >>