人間の本心

 現在の日本は性が乱れていると思う。フリーセックスという言葉が流行ったのが私が中学生位の頃であったと記憶しているが、何でもその本家はスウェーデンであるという事を聞き、中学生の頃の単純であった私はスウェーデン人がうらやましかったものである。
 それはともかく、冒頭で申し上げた様に現在の世の中の性の乱れは本当に目に余る。e-mailを開けば、セックス系のスパムメールが毎日、数十件は来るし、援助交際という名の女子中高生の売春が話題になって久しいし、中学、高校教師が女子児童にいたずらしたなんてニュースは良く聞く。また、夫婦間も乱れており、夫の浮気に留まらず、人妻の不倫などもけっこうある様である。

 私はそれはやはり、日本人というものに特定の宗教を信仰する習慣というものがあまりなく、戦後の教育の影響で唯物主義的になり、貞操観念を守るという精神が欠落しているからだと思う。私も生長の家地方講師という立場でなかったら、そして私が一番苦しかった時期を妻が共に泣いて、支えてくれたと言う経験が無かったら、もしかしたらそうした誘惑に負けていたかも知れない。周りの雰囲気がそういうものだからである。  
 ある人はそうしたセックスの煩悩を乗り切る為には逆に徹底して、したいセックスをしたらいいという人もいる。そうしたらその内、馬鹿らしくなって自分から止めるからというのである。セックスしちゃいけないなんて下手に抑圧しているから却ってその欲望が肥大したり、心が歪んで変態になったりするんだというがそれも一理あるが、私は肉欲、物質欲を追及して行けば、より刺激的な肉欲、物質欲を求める様になって果てしがないと思う。

 ああしちゃいかん、こうしちゃいかんと自分の希望を抑制する事は確かに良くない事である。自分の本当にやりたい希望を抑圧していれば確かに人格は歪み、性的変態にもなってしまうのである。
 しかし、本当の自分とは何かという考察が必要である。本当の自分は肉体ではなく、霊的実在、神の子である。神の智恵であり、愛であり、生命であり、無限力であり、無限の才能である。本当の人間の希望とはそれを思う存分、発揮したいという事である。神から与えられた知性を磨きたい、人を愛したい、無限の力を発揮して人と社会のお役に立ちたいという事である。
 勿論、肉体を保存する為にそして子孫を残す為に肉体の欲望というものはある。しかし、それは生長の家の教えの通り、人事処をわきまえて、適当に満足させれば良いのである。生長の家はそんな事までしてはいけないなんて言ってはいない。
 己の理性こそが神である。そしてそれこそが本当の自分である。それが本当の人間の本心である。それを伸び伸びと伸ばして、その神なる個性、無限力、智恵、愛を実現させて行く事が人間の本当の解放である。

堀 浩二
by koujihori | 2006-12-05 09:21 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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