生長の家の運動について

 今回は本当に生長の家の活動をしている人を対象とした文章になるのでそうでない方はご勘弁下さい。

 生長の家の活動をしている人の中には講習会など色々な生長の家の行事への動員目標を達成する事にとらわれて余りにも過激に参加促進とか推進会議とかに身をやつしたり、又は他の人にそれを要求する人がいる。そして、家庭の当たり前の団らんや人間としての個性を豊かにし、生長を促す趣味とかも持たず、そして家族からは不平が出、そうした家族は生長の家に反発を持つようになる。勿論、そうした活動をしている本人も家族同様、真には悦んでいないのである。

 そうした過激な活動をする人が口にするのは大抵「第一のものを第一にする。」という合い言葉だが、第一のものとはそんな参加促進とか会議の事ではなくて、神様の事であり、その神様は完全円満であり、その救いは既に全宇宙に行き渡っているという事であり、その事を素直に悦ぶという事である。
 しかし、その真理を理解せずに「第一の・・・」という言葉を合い言葉に自分の魂が真に悦ばない事を無理に自分に課するのは間違っている。そんな事を続ければ、その本人の光明化運動に対する嫌気が自分の中に蓄積され、悦びも何も無くなってしまうのである。そうすれば人間は本当に自分が心の底から悦べないものは継続する事が出来ないので、そうした人は病気とかその他何らかの障害を自らの潜在意識で作り出して、生長の家の活動を長く継続する事が出来なくなるのである。

 自分の中に完全円満、無限生長の神があり、その神が光明化運動をしたいと真に欲するならば、それは自ずとこうすべしという内側からの願いが自分の中に出て来るのである。それに従って、肉体の怠けたいという誘惑に打ち勝って、光明化運動をやって行けば、それは最初はつらくとも、内側からの真の神の悦びの創造に従っているのであるから、それは真の悦びと変わる。そして、自分が真に悦べば、家族が悦び、そして、その悦びの輪は地域に拡がり、どんどん光明化運動の輪が拡がって行くのである。それが真の光明化運動である。

堀 浩二
by koujihori | 2007-04-10 09:21 | 信仰 | Trackback | Comments(7)
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Commented by yukiesakai at 2007-04-12 01:43 x
以前「私は素晴らしいことになっていて怖い程です」と申し上げましたが、覚えていらっしゃいますか?

実は、白鳩会の全国大会のシンポジュウムのパネリストに選ばれました。私はネットの世界の中で唯悦んできただけなのに。恐縮して、でも嬉しくて。でも怖くて。

丁度一年前に堀先生のおかげで生長の家の信仰を続けていく喜びを取り戻したのです。去年はこんな事になろうとは夢にもおもいませんでした。

でも、全国には私よりも素晴らしい活動をしている方が沢山いらっしゃるに違い無いのに、何故?私が何が出来る?と怖かったのです。しかし、先日、講師勉強会で私は私の本心を知りました。

私は我が内なる神の声の欲する事を第一にした生き方をしていたんだなあと、気付いて何故か涙が流れてしかたがありませんでした。若い頃から必死で信仰をしてきて、過分に褒められたり、注目されたりと幾度も経験していますが、決して慢心する事なく、我が内なる神様のそして皆様と一体なる神様の命の素晴らしさを讃嘆する私であろうと思います。

嬉しい報告?でした。


Commented by koujihori at 2007-04-12 09:10
幸江さん

 すごいですね。全国大会のパネリストですか?参加出来ないのが残念です。(女装でもしますか?(笑))家内が行ってくれるといいんですが。彼女も今年から支部長ですからね。

 生長の家に限らず、自分に巡って来る事は神様が現在の自分に必ず出来る課題しかお与えになりませんから、ハイと受けて自信を持っておやりになれば良いですね。そして、それが必ず自分の更なる飛躍になりますね。

 ネットは電子によるコミュニケーションですから、生の相手との対話ではありませんね。生の相手しかも全国の白鳩さんを相手にそれをやるのは確かに勇気が必要でしょうけど、それがもう十分出来る所まで幸江さんの実力がついて来ているんだと思います。頑張って下さい。
(続く)
 
Commented by koujihori at 2007-04-12 09:11
幸江さん

 ところで今回のテーマはかなり微妙でデリケートでかつ生長の家の活動者にだけに特化した特殊な内容ですので、アップするかどうか随分迷いましたし、アップした後も削除しようかと心が揺れました。もしかしたら、色々なものを犠牲にして活動を頑張っている人から反発が来るかもしれない、その中には幸江さんも含まれていたんですよ。だから、最初、コメントを頂いた時は「もしかしたら・・・。」と恐る恐る読ませて頂きましたが、幸江さんが僕の真意を汲んで下さった様で嬉しいです。

 でも、色々なものを犠牲にして活動を頑張っている人も実はその底流には神様の願いが流れていると僕は思っています。そうした熾烈な活動をする中でそれを貫いて行けば、必ず神様の本当の世界を見出すのだと思います。

Commented by yukiesakai at 2007-04-13 09:52 x
犠牲にして頑張っているのも自分の心の影です。冷たい言い方かもしれませんが、私自身が全く受難礼賛の人生でした。生長の家の活動は堀先生のおっしゃる事が雅宣先生が信徒に今望まれていらっしゃる生き方なのでは無いでしょうか。だから今回の記事に私は堀先生が悩んで出されたなどとは全く気付きませんでした。

堀先生の女装見てみたかった(笑)そのままの心で神様の命のを表現してまいります。

いつもありがとうございます。
Commented by しじみ at 2007-05-04 13:42 x
堀先生 初めまして。ゆきえさんのところから、いつもお邪魔しては拝見をさせていただいておりました。しじみと申します。
素晴らしいブログでいつもお勉強させていただいております。
ありがとうございます。

この記事について、私が最近様々な思いで悩んだり考えたりしていることでしたので、改めて、なにかがすっきりといたしました。
神さまにまっすぐでいたい。
真に魂が常に悦んでいる自分で光明化運動をしていまいりたいと思います。
本当にありがとうございます。
Commented by koujihori at 2007-05-04 17:21
しじみ様

 コメント有り難うございました。お役に立てて何よりです。光明化運動は神様の運動と言いますが、それは結局、神様が全部やって下さるという事です。私なんてちっぽけな我(が)が出来る事なんてこれっぽちもありません。それが本当の感謝って事ですし、神様が全宇宙に拡がっているという善一元の世界だけ見て悦んで、感謝する日時計主義と生長の家の運動がぴったり一つになるって言う事です。
Commented by しじみ at 2007-05-04 22:58 x
堀様
ありがとうございます。
ますますすっきりいたしました。
感謝合掌
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