どうして生長の家総裁・副総裁に中心帰一するのか(2)

 これだけ環境問題、地球温暖化問題というのが人類の危機として、クローズアップされて来て、生長の家の訴え続けて来た事が間違いなかったという事が明らかになって来ているにかかわらず、いまだにどうして生長の家が地球環境問題の事を言うのか分からないと言って、批判したり、生長の家から離れていく人がいる。

 地球環境問題は生長の家が訴えなくても社会とか政府とかマスコミが訴えているからそんな事は生長の家は余り言わなくていいとか又は、それらの今はやりの問題を受け売りしてそれにかこつけて信徒を集めようとしているなんて言い方をする人もいる。
 しかし、地球環境問題などいくら訴えた所で、信徒なんて増えない。それは組織の第一線で組織の数字とにらめっこしている私にはよく分かる。何故なら、地球環境問題を憂い、良くする為に生長の家の門をたたく人なんて居ないからである。
 生長の家が最初に地球環境問題、特に地球温暖化問題を訴え始めたのは現生長の家副総裁、谷口雅宣先生ではなくて、現総裁の谷口清超先生からである。それはもう10数年以上の前の事であり、二酸化炭素排出量の削減目標を定めた例の京都議定書が提唱された京都会議よりも数年以前の事である。
 その頃は地球温暖化問題なんて世間で殆ど認識されておらず、私自身も清超先生のお話を聞いて、初めて知ったのである。

 生長の家が地球環境問題を訴えるのはそれで世間にアッピールする為とか信徒を増やす為ではない。前述した様にそんな事で生長の家に来る人は居ないからである。生長の家が地球環境問題を訴えるのはこれ一重に無限の善なる神様の世界を如何に現象世界に現出させるかという事を真剣に推進しているからである。
 即ち、既に内なる無限完全円満なる神の国を自覚すればこそ、それを実現するにはどの様にしたらよいかという智恵とそれに基づいた行動が自ずと出て来るのであって、その活動が現在の生長の家の地球環境問題を解決する為の運動として展開されているのである。

 我々は組織に属していると当然、自分の上司というのがいる。それで上司がこうしなさいと自分に指示を出して来たとする。そういう時、自分の見地から見て、その上司の指示より自分の判断の方が正しいと感じる事がある。そうした時、意見を言うのは良い。しかし、それでも上司が当初の上司の指示どおりしなさいと指示した場合は部下である自分は「ハイ」と従うべきである。それは自分の見地より上司の見地の方がより、広い範囲を見渡していて、その上で指示を出しているからである。それなのに自分からの見地にこだわって、自分の意見に固執するのは我(が)というものである。その事は谷口清超先生が「神は生きている。」という御著書の中で明確に述べておられる。

堀 浩二
by koujihori | 2007-05-11 09:55 | 信仰 | Trackback(1) | Comments(10)
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Commented by 三谷文人 at 2007-05-12 10:03 x
 堀さん、「悦びの広場」にお招き下さって有難うございます。
 酒井さん、重松さん、初めまして。

 環境問題への取り組みの先にある願いは、物質的繁栄を第一と考える人類の心に、霊的世界観を喚起せしめることです。人類を覆う物質的世界観の上に日本国実相顕現を謳っても、それはあたかもコンクリートの上に美しい花を咲かせようとする発想と同じです。
 日本国と人類の美しい花を咲かせたいと願うならば、まず人類の意識の土壌を物質的世界観から霊的世界観に換えていく必要があります。そして地球環境問題は全ての宗教、全ての人種、全ての国家を一つのテーブルに就かせるテーマです。生長の家が地球環境問題においてイニシアチブを取るのは、時代の要請と言わねばなりません。
  神様の世界から展開する運動を「愛国」、「環境問題」などと分別するのは、愚かな人間知恵かも知れませんね。それは堀さんの仰る通り、我の心だと思います。総裁・副総裁に「ハイ」と中心帰一して、時代(神様)の要請に応えていきたいと思っています。
 
 
 
 
 
  
 
  

  
Commented by koujihori at 2007-05-12 17:34
三谷さん

 〉そして地球環境問題は全ての宗教、全ての人種、全ての国家を一つのテーブルに就かせるテーマです。生長の家が地球環境問題においてイニシアチブを取るのは、時代の要請と言わねばなりません。

 すごすぎます。本部講師真っ青ですね。
Commented by yukiesakai at 2007-05-12 23:26 x
三谷さんありがとうございます。
私はデパートの仕事の前、地球の環境を良くすることが出来るという水の販売をしていました。現象なしの自覚を得るための素晴らしい経験になりました。今はしていません。

環境問題は本来無い。迷いは本来無い。完全円満な世界が在る。

 今の時代に生きている私達の共通の学びの答えはすでに出ています。日時計主義で生きていき、ひとりひとりの小さな正しい生活、善意こそ救世主なのでは?
 
Commented by 三谷文人 at 2007-05-13 11:09 x
 酒井さん、ありがとうございます
 
 地球温暖化という悪を認めて、それを良くしていく運動が生長の家の地球環境問題への取り組みではありません。私達は完全円満なる世界を自覚するが故に、その悦びを顕したくなる。その悦びの表現が運動になって、その時代に最も即した形で展開されます。

 神の子なる自己の生命を悦びたいから、行をしたくなる。救うべき人がいないから、真理を伝えたくなる。地球温暖化等の問題がない完全円満な世界を讃えたいから、環境問題に取り組みたくなる。
 私達の行いは常にそうあるべきですよね。

 内なる生命に生かされ、感謝と悦びを生きる。些細なことの中に偉大を観る。特別なことや大きなことをやろうと思う必要はありません。
 安心して当たり前の生活を送ることが、そのまま自然に環境問題への取り組みになっている。否、「環境問題への取り組み」という生活もナイ。そこには、ただ当たり前の神の子の生活がある。
 私は常にそうありたいと願っております。
Commented by erica at 2007-05-14 01:35 x
堀さん、皆さん、ありがとうございます。

「神の子なる自己の生命を悦びたいから、行をしたくなる。救うべき人がいないから、真理を伝えたくなる。地球温暖化等の問題がない完全円満な世界を讃えたいから、環境問題に取り組みたくなる。」
まさにそうだと思います。

神の子なる自己の生命を悦びたいから、私たちは自分を可愛がって、「体」にも感謝し、きれいな服を着せたり、健康に気を使ったりします。それと同じように、自他一体である生命を悦びたいから、人類全体のたった一つの「体」である地球を愛し、地球の「健康」に気を使ったりします。

悪いから治すのではなく、良いから感謝し、愛し、大事にすることが当たり前の神の子の生活であるということですね。
Commented by koujihori at 2007-05-14 09:09
Ericaさん

 コメント有り難うございます。Ericaさんに加わって下さって本当に嬉しいです。これだけの色々な素晴らしい方達が加わって下さって、この様な素晴らしい真理の悦びがこだまするこの空間はさながら天国浄土の様です。

PS それにしてもEricaさんの日本語読解力、表現力は素晴らしいですね。ところで英訳が中々アップ出来なくてすいません。でも、なるべく頑張ります。
Commented by 早勢正嗣 at 2007-05-15 01:13 x
”生長の家から離れていく”の『生長の家』っていうのは、いったい何でしょう? 実は、私は4月から組織的繋がりを絶っています。それは、自分が生きていく指針としていた”生長の家の教え”と現在行われている”生長の家の運動・活動”のバランス感覚に疑問が出てきたためです。環境問題への取り組みに対して否定はしません。バランスの問題なのです。生長の家を知ってから求め続けていたものが、今は見ることが難しくなっている。そのような印象です。印象ですから、これは私の認識不足によるものかもしれません。この印象を決定づけているものは、実は雅宣先生のブログなのです。私が得ることの出来た雅宣先生の記述のおおかたはブログです。ブログでの環境問題の記述の多さを感じているのは、私の偏見でしょうか。あえて言うのなら、私にとって環境問題は、社会生活のマナーなのです。私は生長の家にマナーを求めてきたのではないのであって、マナーの奥にあるものを求めているのだと思います。(言葉に出して書くことは難しいです)
”生長の家から離れる”という感覚はないのですが、モヤモヤした気持ちの中で、組織というものと繋がりを保つということは、私にとっては”しんどい”です。
Commented by 堀 浩二 at 2007-05-15 14:21 x
早勢様

 お久しぶりですね。お元気でしょうか?
 谷口純子先生が仰ってましたが、総裁・副総裁のお考えが自分に理解できない時はそれをとにかく中心帰一が大事だと言うことで自分の考えを頭ごなしに封じ込めて、盲目的に先生の考えに従って行くというのではこれはマインドコントロールであって、信仰ではないですよね。だから、自分の頭で考え、自分で判断して行くのが健全な人間の行動だと思います。

 私は自分の考えと生長の家の考え(生長の家総裁・副総裁のお考えや感覚)が異なっていると感じる時は頭で正解を探る事は止め、ひたすら今の自分に与えられた使命、たとえば誌友会のお世話を心を込めてやるとか自分が講話に行く時はその準備などを真剣にさせて頂くという事に努めます。

 そうする中で自ずと先生方のお考えの真意が分かるという事がよくありました。
Commented by yukiesakai at 2007-05-16 02:22 x
早勢正嗣様
そのモヤモヤ良くわかります。 早勢正嗣様はよくあちらこちらでお名前をおみかけいたしますね。生長の家を心から愛していらっしゃるのですね。

堀先生
度々コメント失礼いたします。今までコメントするのが私ばかりだったので賑わうと嬉しくて…。 
Commented by koujihori at 2007-05-16 08:18
幸江さん

 こんなに多くの素晴らしい方からコメントが頂ける様になったのは幸江さんが私のブログを幸江さんのブログで紹介して下さっているからだと思います。
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