生長の家とは何か(3)

 人間の欲望には色々なものがあると言われる。金銭欲や名誉欲や権勢欲。そして、それらの中で一番強いと言われるのが権勢欲、支配欲である。全てがそうであるとは言わないが人は事業とかで成功して、金銭欲が満たされると今度は名誉欲や権勢欲を満たす為に政治家を目指す様である。

それはともかく、世界には色々な民族や宗教や国家があるが、一部の国家や宗教は自分達による世界制覇を究極の目的にしている様である。しかし、一定の限られた政府とか宗教が世界を統一し、席巻するという考えは到底、受け入れられない。彼らはあながち悪意は無いかも知れない。何故ならば、自分達の宗教や国のあり方が一番優れた良いものであると思う傾向が人にはあり、そういう考えを元に動けば、自分達が世界を制覇する事は良い事だと思う様になるであろうからである。

しかし、そうした考えは間違っているのである。神は無限であるから、その現れ、表現も無限の多様性と自由性があるのである。従って、その神の姿が顕現された状態とは色々な民族がそれぞれ独自の国とその文化と宗教を持っているというのが本当の姿である。そして、それぞれがお互いに反目し合う事無く、それぞれの個性と役割を尊重し合って、仲良くやっていかなくてはならない。その為にはそれぞれの宗教とか民族の文化の根底においては神において一つにつながっており、その共通した神の無限性がそれぞれの国や地域や民族において、個性ある姿で花開いているという事を認識しなければならない。
 そうした一体感あればこそ、お互いが皆、神の無限性をそれぞれの個性と役割に従って、表現したものであるとして、祝福し合い、拝み合う事が出来るのである。

 生長の家とは本来そういうものである。決して、全人類を生長の家教にする事が目的ではない。全ての宗教や民族の個性と役割を拝み、かつ生かすものである。だから、私は生長の家の運動を全人類を救う運動ではなくて、拝む運動であると言うのである。

堀 浩二
by koujihori | 2007-06-13 09:10 | 信仰 | Trackback | Comments(5)
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Commented by erica at 2007-06-14 00:17 x
今日、サンパウロ心理学大学の教授、パイヴァ宗教心理学博士が、「なぜカトリックである非日系ブラジル人は日系新宗教に移るのか」という研究を読みました。大勢の生長の家と他の日系新宗教の信徒による比較調査である。その結果は、他の日系新宗教はカトリック文化とは全く違う環境の提供により、ブラジル人は人生に行き詰まり、非常に弱まっているときにその新宗教に救われ、カトリック文化を投げ捨て、完全にその新宗教に染まる。一方、生長の家はキリストを拝み、キリストの使命や教えと解くため、将来的には生長の家信徒の子供は完全な生長の家になることと予想されても、本人は完全の新宗染まりはできない。だが、従来の宗教をより深く理解させるため、人生に行き詰まっているか否かとは関係なく、神への道を求める者に役立っていると博士は言う。
博士は「完全の新宗教染まり(従来の宗教を投げ捨てること)」ができないことを生長の家の弱点と評価しているが、生長の家を理解していると思う私にとっては、大変嬉しい結果でした。生長の家は、堀先生が仰っている生長の家としての目的(全ての宗教や民族の個性と役割を拝み、生かすこと)が達成できていると解釈しても良いと思います。
Commented by koujihori at 2007-06-14 09:07
Ericaさん

 さすがアカデミックなご意見ですね。ところでこの学者さんの分析は興味ありますね。生長の家の良さと使命がこの様に学術的に認められているのですね。

 〉生長の家を理解していると思う私にとっては、・・・

 Ericaさんは「生長の家を理解していると思う」じゃなくて、生長の家そのものですよ。
Commented by erica at 2007-06-14 22:17 x
生長の家そのもの !?! 有り難うございます。 それは私の理想 (と実相)です。
Commented by 重松 at 2007-06-15 22:26 x
 生長の家講習会が行われなくなると聞きましたが本当ですか?
Commented by koujihori at 2007-06-18 08:53
重松様

 そのような事は私は組織内で今のところ、一切聞いておりません。
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