捨身ということ

 大東亜戦争末期、日本の旗色が大部悪くなって来た時、戦闘機に爆弾を積んで、敵艦に体当たり攻撃する神風特別攻撃隊というものが編成され、多くの若者達が国の為に自らその尊い生命を捧げて下さった。私は誰が何と言おうと戦後のこの日本の繁栄はこうした英霊のお陰であると思っている。
 生長の家創始者谷口雅春大聖師はこれらの特攻隊の方達はその死後、皆、神界に旅立たれたとお教え下さっている。即ち、それらの魂は解脱して、現在は大自在の境におられるのである。人間は神の子であり、完全円満の生命を神から与えられ、生かされているが、それを悟り、魂が解脱するのには火の出るような試練とトレーニングが必要である。現在の様な平和な時代はそれはゆっくりと何回も生まれ変わって段々とやって行くが、戦時の様な喫緊の時にはこの特攻隊の方達の様に急速に行われる事がある。

 ところで人間は何かを本当にやる為には自己を対象物に全く捧げなくてはならない。何か心に悩みがあるとか引っ掛かりがあるとその事が気になって、集中出来ないのである。そういう状態ではいくら時間を掛けて、練習しても上達する事は無く、却って下手になって行く。そして、自分の心配ばかりしているから、血液中に毒素が発生して、それが脳細胞を徐々に破壊して行き、そうなると能力はますます低下し、それが高じると不眠症とかノイローゼになるとは谷口雅春大聖師がお教えになっている事である。

 要するに我らが真に能力を発揮し、才能を開花する為には自己というものを全く、捧げなくてはならないのである。自分の財産とかそんなものはもとより名誉であるとか見栄であるとか評判とかはたまた自己の仕事のできばえという事までも悉く、捨てなくてはならない。捨身である。それにはかなり勇気が要る事であるが、それが出来なくては我らは実力を出す事は出来ぬ。
 自分の事が心配で自分の事ばかり考えている様では常に心配で、悩みは尽きず、ノイローゼになるのが落ちである。
 人間は自己を捧げなくてならない。自分の事を全面的に投げ出さなくてはならない。それが解脱であり、悟りである。それが出来た時、人間は真の自由と悦びを得る。そして、自由自在に能力を発揮し、他の人から悦ばれる人になる事が出来る。その為には神を全く信頼して、全託しなくてはならない。全宇宙に拡がる完全円満なる神に。だから人間は究極的には正しい信仰が必要なのである。

堀 浩二
by koujihori | 2007-06-25 15:16 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by e_sophy at 2007-06-25 23:35
堀 浩二様
私のブログにコメントいただきましてありがとうございます。

総本山でお見かけして「あっ!」と思って
「えぇい、チャンスの神さまは前髪だけ 今を逃すな!」とか思って
思い切って声を掛けさせていただきました。

こちらはずいぶん前から拝見していたのですが
なんていうか もう いつも
「はい、その通りでございます、ハハッm(_ _)m」
という感じでコメントできずにおりました。

うふ 思い切ってみてよかった^^
これからどうぞよろしくお願いします。
Commented by koujihori at 2007-06-26 09:52
sophy様

 コメント有り難うございます。そんなにも勇気を出してお声を掛けて下さって本当に有り難うございました。でも僕は話し掛けるのにそんな気後れする様な特別な人間じゃありませんよ。家内からも毎日、家で叱られているんですから。sophyさんが勇気を出して下さったお陰でお近づきになれて嬉しいです。これからもどうぞ宜しくお願い致します。 
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