問題はナイ(3)

 我々はこの世界に生きていれば、様々な問題、課題に直面するのである。近頃の若者は会社に入っても、昔のように出世を求めず、平社員のままでいいから、気楽に与えられた仕事だけやって、後は自分だけの趣味とか楽しみをしておれば満足という人間が多いという。要するに出世して、管理職になっても下からは突き上げられるわ、会社からは締め付けられるわでその上、残業代もカットされ、責任だけ重くなるのは御免こうむるという事らしい。
 こうした状況の背景には管理者として、そこの部署の成績の責任を負わされたり、労働組合とかからの突き上げとかそれに対する会社側の人間としての説明責任とかなどのプレッシャーがなどがあり、中には鬱病になったりする人もある様である。
 
 私の会社でも勿論、それに類した状況はある。私は会社では総務関係の責任者であり、給与とか待遇の件で、従業員の不満を買う事もたまにある。そうした中で私も悩む事もある。しかし、私はそんな時は自分で問題を一人で抱えないで最終的には神様に全託してしまう。
 大事な事は何よりも問題を自分で握らないで神に全面的にお預けする事である。問題は既に神が解決済みであるのであり、我らは何をするにもこの信念と信仰が必要なのである。
  
 問題というものが真に実在し、それを自分が何とかしなくてはならないなんて思ったら、大変である。問題を自己が握って、思い煩うから鬱病とかノイローゼになるのである。
 思い煩うな。神に全託すれば良いのである。問題はそのままで既に解決済みである。それは現象は単なる我らの過去の念の残像に過ぎず、真に存在する世界は我が内なる大調和の神の国のみであるからである。その信仰の中から、自ずと事態を打開する智恵が湧きい出、それに従って、粛々とするべき事をやって行けば良いのである。

堀 浩二

There is no problem(3)

If you live in this world,you would face several problems. These days, I have heard that some young people have no desire to promote in their company, and only do a task which is ordered by their boss ,and are satisfied with only doing their hobby and so on.
Namely,it seems that if they promote in their company, they only be accused by their staff and be distressed by their company top,and be cut of overpayed salary and be undertakened of a heavier responsibility, so they dislike to promote in their company.

In my company, naturally, there is a same story. I am a reader of a gereral affairs department of my company, so I often be accused by employees of my company for a sarary and a treatment and become blue by being accused by them.
But I always not hold my problem by myself but depend on God for all my problems at last. It is most important thing that you should not hold your problems by yourself but ask God for all your problems.
You need a faith that all problems already are solved by God in real world which exists behind a phenomenon world.

If you would imagine that there is a problem which really exist, and that you have to solve the problem by yourselg,you would have a great trouble. As you imagine your problem and grip your problem by yourself, and be worried by yourself, you would become a depression consequently.

Never mind. It is OK for you to rely on God for everything. All problems are already solved by God. Because all phenomenon are only projection of your past mind,and true existing world is a country of God which is perfect harmonious world in your inside. If you have such a wonderful faith, you would be hinted with great wisdom of God. you have only to do a duty in accordance with the great wisdom step by step. So you would be able to solve a problem which you have.

Kohji Hori
by koujihori | 2007-06-28 16:58 | 信仰 | Trackback | Comments(13)
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Commented by erica at 2007-07-01 01:10 x
堀さん
堀さんが本題で言いたかった焦点とはちょっとずれているかも知れないが、コメントさせていただきます。
人間は本来神の子であり、問題は実際に存在しないからこそ、現象世界で直面する問題は、無限の可能性を生かすためでありますね。そのため、時の流れと同時に人間の思想は変わり、経営者などを悩ませることもありますね。
日本は豊かになり、このままでも(積極的に企業のために力を尽くさなくても)生きていける状況になったお陰で、労働者にはこれまではあまり重視されなかったプライベート・ライフや自由(組織に捕らわれないこと)を求めることが多くなったと思います。
それは現代の流れとして、それを受け入れ、従業員に適切である人事制度を整うべきであります。日本の大企業もその様な問題を抱え、それに沿って、制度を整えているところが多いです。それらの経験は参考になると思います。
現代の従業員も神の子であるため、彼らの存在を拝めば、彼らにもっともふさわしい対応の道がきっと開かれます。


Commented by 三谷文人 at 2007-07-01 07:50 x
 問題とは、自分の心で勝手に摑んでいるものが顕れている状態に過ぎないのですね。ですから、「問題はナイ」世界に抗わないこと。ただ無抵抗であること。問題解決の鍵は、それだけですね。

 神様の責任において、問題はそのままで今、解決済みである、という真理を信じられない内は、全てを手放すことに不安や恐怖が伴うかも知れません。でも大丈夫。

 勇気を出して、「自分」を手放した時、そのままで完全円満な世界を、身をもって体験できるようになりますね。
Commented by 須美子 at 2007-07-01 18:52 x
こんにちは!エントリーと関係無い書き込みで申し訳ありません。
今日の講演会では ご夫婦でお役をしてくださり、ありがとうございました。大盛会でよかったですね!
また、よろしくおねがいいたします。
私のブログでは まだ生長の家、ってはっきり出していないのですが
皆さんのブログを見て 少し勇気がでてきたところです。
友人にアドレスを公開してるので いろいろごった煮のブログになっていますけど・・・
Commented by koujihori at 2007-07-02 09:22
ericaさん

 参考になるコメント有り難うございます。この問題はericaさんの専門分野ですよね。勉強になりました。

 確かに日本は豊かになり、休みも増え、ただ企業のために身を粉にして働くというモーレツ社員というのは流行らなくなりました。(昭和40年代1960年代の高度成長時代の日本はこんな感じだったそうです。ericaさんも勉強されたと思いますが)
 それはめざましい技術革新のお陰で事務所ではITの普及、工場ではファクトリーオートメーションの普及により機械やコンピュータが人間の代わりに仕事をしてくれるという事も大きいと思います。
 そのお陰で時間とお金の余裕が出来て、自分のプライベートライフも大いに充実出来る様になった事はとても良いことだと思います。現に僕もそのお陰で光明化運動や趣味や英会話の勉強に時間が割けるという訳です。それはそれで有り難い事ですし、会社もそうした労働状況の変化に従って、給与の面、待遇の件等々刷新するべきは刷新すべきでしょう。
(続く)
Commented by koujihori at 2007-07-02 09:23
 ただ、僕が思うのはそうした時間の面とか労働量の面とは別に精神的な考え方の部分で会社の人間というのは自分の事ばかり考えて会社全体の立場に立って考えられない様な人間ばかりでは会社や組織は衰退する他ないと思います。

 それはやはり、自分は尊いものだ、自分の人生というのは尊い、人に尊敬される様な子供に尊敬される様な立派な人生にしなくてはならないという心が欠如して来ているからだと思います。それは自分を大したものだと思わず、ただ食べて、寝て、その場、その場の快楽に身を委ねていれば良いという低い自覚から来ているのではないでしょうか?その元は元の元を辿れば、人間は只の物質であるという非常に低い自覚です。それが第二次大戦後の日本では学校教育でじわじわと浸透して行っているのです。色々な青少年の問題、いじめ、自殺、親殺し、子殺しなどを始め、フリーター、ニートの増加などはこれ、皆、自分自身を尊い神の生命であるという自尊心の欠如から来ていると思います。
(続く)
Commented by koujihori at 2007-07-02 09:28
 それで会社に入ってくる新入社員でも立身出世などという夢を持つ事は無くなり、そんな事はただの責任を負わされるだけの割に合わない事だと判断する人が多くなっているのだと思います。

 責任を負わされて例え、精神的にきつくなっても、会社全体の事を考えて、行動する生長の家で言う一切者の自覚が無くては駄目だと思います。その為には強い自覚が必要です。それこそ人間神の子無限力という自覚が必要になって来ると思います。
Commented by koujihori at 2007-07-02 09:48
三谷さん

 本当にその通りですね。神様への全託の信仰は無限に楽ですが、時に己を捨てる勇気が必要になる事がありますね。でも、その勇気も神に与えられるんですね。

PS 昨日の講演会は有り難うございました。本当に素晴らしかった。先生のお話も良かったし、参加者も沢山来られたし、男子壮年部のメンバーがあんなにも生き生きと運営のお仕事をして下さったんですから。
Commented by koujihori at 2007-07-02 10:05
須美子さん

 コメント有り難うございます。昨日の講演会は本当に素晴らしかったですね。目等先生のお話も良かったし、参加者が一杯で会場立錐の余地も無かったですね。今回、白鳩壮年部さんとご一緒出来て本当に良かったです。楽しいですからね。
 それはそうと司会お上手ですね。でも相愛会の人と二人でやっていましたが、殆どメインでやっていましたよね。

 ブログ拝見しました。楽しいブログですね。色々な写真満載で。ところで仰る通り、生長の家もお出しになってもそろそろ良いのでは?僕はプライベートな友人や知人には余り、生長の家の行事とか本をことさらには勧めませんが、自分が生長の家であることはばんばん公言しています。それで自ずと生長の家の話になる事も、それが発展して生長の家の仲間になってもらった事もあります。
Commented by erica at 2007-07-02 11:22 x
>ただ、僕が思うのはそうした時間の面とか労働量の面とは別に精神的な考え方の部分で会社の人間というのは自分の事ばかり考えて会社全体の立場に立って考えられない様な人間ばかりでは会社や組織は衰退する他ないと思います。(...) それは自分を大したものだと思わず、ただ食べて、寝て、その場、その場の快楽に身を委ねていれば良いという低い自覚から来ているのではないでしょうか?

はい、その通りです。ですが、世の中はその様な人だけではない。生長の家教育ではクラスの中でよい人を誉めて、その他を良い人のレベルにあげることを進めています。会社も同様です。現人間は物質にこだわるのは、そのほかの幸せを知らないし、仰った通り、自分に自信がないからだと思います。会社としては宗教を進めることはできないが、人間としての喜びと自信を身につけさせることは可能です。物質のみに幸せがあるという概念が間違っていると気づくと人間は自然に神を求める。
そこで堀さんの役割は大きいと思います。
Commented by koujihori at 2007-07-02 11:31
ericaさん

 そうですね。他の人の欠点を咎めるだけでは自分も咎められるばかりで全体の組織の改善には結びつきません。仰る通りです。他人の良い所を見つめて、それを伸ばして行く事が組織を預かる者としては重要な部分ですね。

 生長の家の真理は時には人をばっさり切るこの上なく鋭利な刃物にもなります。
 ですから、それの使い方という事は智恵が必要になります。基本的には相手の神の子の実相を見つめて、相手がそうでない事をしている時は「お前の実相はそうでないだろ!」と一喝するのが正しいと思います。
Commented by erica at 2007-07-02 13:01 x
はい、そうだと思います。
智恵が何よりも必要です。それは、愛と智恵のバランス、誉める程度、叱る程度、下へ向けさせる叱りではなく、「上がある」と見せる叱るが正しいと思います。まさに、「お前の実相はそうではないだろ!」ということですね。そして、下へ向く方が楽だから、上へ向こうとするとき支えてあげることも大事ですね。
Commented by koujihori at 2007-07-02 13:05
ericaさん

〉下へ向けさせる叱りではなく、「上がある」と見せる叱るが正しいと思います。

うまいこと言いますね。
Commented by 三谷文人 at 2007-07-02 21:09 x
 堀さん、講演会の大盛会おめでとうございます。本当に素晴らしかったですね。どうもご苦労様でした。
 これから益々発展して行きそうな機運を感じましたよ。
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