そのままを受け入れる心

 私は幼い頃から生長の家の教えを受けて、練成会に行ったり、生長の家の活動をしたりして、生長の家の教えを学んで来た。そして、生長の家で教わった事、それは人間は肉体ではなく、肉体を超えた完全円満なる神の生命そのものであるという事、この人生はその完全円満さを表現する為の場であり、またその為の学校であり、その為に我々は何回でも生まれ変わって来るという事、そして、この現象世界は我々の認識、念が映る世界であり、我々が内側の神の完全円満の生命を認識して、その自覚の元に行動すれば、その素晴らしさが現象世界に投影されるという事を学び、そうした人生にすべき努力して来た。

 それで生長の家で教えられた通り、毎日、生長の家の本や聖経を読み、神想観という瞑想をし、他人に生長の家の真理を伝える愛行をして来た。その様に自他の実相顕現の為に努力してのであったが、そうする中で私は何時しか、この人生は自分の中の神の完全さを表現したものでなくてはならない、能力を発揮しなくてはならない、健康でなくてはならない、人の為に生きる立派なものでなくてはならないという一種のとらわれの心を肥大化させていた。
 そして、その心は他人に向けられた時は他人を生長の家の真理という途轍もなく高い基準で審き、非難するという心となり、自分に向けられては自分はこうでなくてならない、能力を出さなくてならない、健康でなくてはならない等々の縛りとなったのである。

 これは何時しか神様に全託する事を忘れた心となり、神に生かされているという事を忘れ、私がやらなくてはならないという焦りになり、それが不安と恐怖になっていったのである。そして、常に他人に対して、真理の基準で審き、常にその恐ろしい審きの雰囲気を漂わせ、自分に対しては自分は神の子であるから、常に力を発揮し、他人からも良く思われる存在でなくてはならないと自己限定し、それが鼻持ちならないプライドとなり、それを傷つける事を他人が言ったり、しようものなら、それが非常な憤りになったのである。

 これ全て、自分は神の子完全円満であるから、それを今すぐ、表現しなくてはならないという我(が)の思いから来るのであった。しかし、それは今そのままで自他が神に生かされた完全円満の生命であるという真理を忘れた心であった。神に全託出来ないで即ち神を完全に信じられないで、「自分が良くしなければ」という心であった。

 そのままで良いのである。力を発揮出来なくて良いのである。他人から良く思われなくて良いのである。今すぐ健康にならなくて良いのである。それを今すぐ実現しなくてはならないなんていうのは我(が)である。実相の素晴らしさをすぐに無理に出そうとするから却って出てこないのである。良くしようと心でつかむから駄目なのである。我(が)の心で自己限定しているからである。
 今、既にそのままで神の完全円満の生命がここにあり、自分を完全に生かし、導いているのであるという事を自覚せよ。そして、それに全託せよ。他の人も表面は如何なる状態であってもそれはそのままで実相が現れて来ている過程にあるのであり、自他の実相の素晴らしさは最も良い時期に最も良い形で我(が)ではなく神により自ずと出て来るのである。それを信じて待つのである。それが実相独在の信仰であり、全託の信仰である。
 その全託の信仰のある所、自分に巡って来る一切の運命や待遇や境遇を受け入れる事が出来るのである。そして、他人に対しても真理の基準で審く事無く、不完全な状態を表していても、神が出て来る過程として認め、尊び、拝む事が出来るのである。
 こうでなくてはならないなんていうのは勝手な狭い自己限定である。自他の生命はそんな我(が)の思惑を超えて、神の意志と導きにより、表面は如何なる状態であろうとも、それがその人に取って、最も良い実相顕現の道程であるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2007-07-09 10:58 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 川島房子 at 2007-07-12 10:32 x
合掌 ありがとうございます。堀先生の文章を読ませていただいて、すっきりしました。肩の力を抜いて実相を見つめて、移り行く現象世界をよき言葉で創造していきます。有難うございます!
Commented by koujihori at 2007-07-12 14:48
川島様

 お役に立ててなによりです。僕は榎本恵吾先生に薫陶を受けました。先生は二年前に亡くなっておられますが、先生のホームページ(榎本恵吾記念館)ではビデオで先生の御講話も聞けますよ。
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