中心帰一

 生長の家では中心帰一が大事であると良く言われる。それは生長の家総裁・副総裁に中心帰一するのが生長の家信徒たるもの一番大事であるとか言う事である。それは組織の下部でも言われ、相愛会だったら、相愛会連合会長に中心帰一しなくてはならないとか、青年会は青年会委員長に中心帰一しなくてはならない等々。

 そして、それが家庭であれば家庭の中心は父であるから、家庭ではお父さんに中心帰一しなさいとか会社では社長に中心帰一しなさいとか言われる訳である。中心帰一が何故大事で尊いかと言えば、それは宇宙の根本真理であるからである。大宇宙では太陽系に太陽という中心があり、極微の世界では原子では原子核という中心がある。要するに物事には中心があるというのが神様の根本設計であって、その中心帰一のしっかりと出来ている組織やグループは神の栄えがそこに現れて来て繁栄し、幸福になるという訳である。

 だから、中心帰一しなさい、生長の家の信徒なら総裁・副総裁に中心帰一しなさいと言われ、私もその事の重要性はかなり強調して来た方である。
 さて、それでは肝心の私はどうかと言ったら、生長の家信徒としては生長の家総裁・副総裁に中心帰一出来ているとは思うが、こと自分の職場ではどうかと言えば、?マークがついてしまう方であった。かと言って、無理にそうするというのは私には出来かねる事であった。
中心帰一というものは大事ですべきものであるが、それは無理に自分に嘘をついてまでするものではないのである。中心帰一というものは宇宙の真理、本来の実相であるから、それは我(が)でするものではなくて、それが自ずと出て来る事により自ずと為されるのが本来の姿である。私は無理矢理、上司に中心帰一するのではなくて、そのままの心になって、当たり前の仕事をこなす中から、自ずと職場でも中心帰一出来る様になったのである。

 要するに生長の家総裁・副総裁に中心帰一しなくてはならないから闇雲に無理矢理中心帰一するのではなくて、そのままの心になって、ひたすら神の御心のごとく、生長の家の愛行に徹する時、自ずと湧き起こって来る中心帰一の心でなくてはならない。
 
 中心帰一というのは何も形式でも無理にしたくもないのにするのではない。そのままの心になって、神に全託する心の中から自ずと出て来る生き方である。中心帰一こそは我々の中にある宇宙の真理であるからである。

堀 浩二
by koujihori | 2007-07-25 22:47 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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