生長の家とは何か(6)

 生長の家では「既に受けたり」と祈れと教えられる。「何々しよう」という意志の力より、「既にそうである」という創造の心の力の方が強いと言うのである。映画マトリックスでもモーフィアスがネオに言った言葉に「早く動こうと思うな。自分は早いと知れ。」という言葉がある。

私のテニスや英会話の経験から分かった事だが、自分の不完全さ、下手さを認めて、それを良くする為の練習とか工夫というものはいくらやっても、何も実りが無く、何時まで経っても下手なままでなのである。しかし、私は努力をひたすら続ける中で「自分は今、上手い、今、無限力である。」と直感的に気がついてからは試合などでもすぐ上手く出来る様になり、かつ、その中でこうした方がいいというやり方が自ずとどんどん分かってきて、更に上達していった。
 そして、自分は既に出来ると自覚しているが故に毎日、素振りとかの反復練習を自ずとしたくなり、また英会話もAFNなどの本当のナチュラルイングリッシュの放送を自ずと聴きたくなって、毎日、聴いているのである。その中で自ずとどんどんアメリカ人同士の早い英語が聴き取れる様になっている。

 吉田國太郎先生も榎本恵吾先生も生長の家は先ず、神の子の自覚が先であって、それから自ずと神の子らしい生長の家の生き方が出て来るというのでなければ駄目だと仰っている。それはどういう事かと言うと、先ず自分は既に完全であると思う事が大事であり、自分はまだ不完全だが、練習や行によって完全になろうという事では本末転倒であると言う事なのである。そんな練習や行ではやればやるほど、自分はまだ不完全だ、まだ不完全だという念を自分に刻み込む事になり、ついにはつぶれてしまうのである。

 生長の家の根本真理は人間は神の子であり、完全円満であるという事である。そして、それは将来の事ではなく、今の事なのである。それが「今、立て!」の教えである。だから、現象がどうでも、肉体にまだ自壊作用が現れていても、そんなものはナイとして、相手にせず、我慢せず、今、神に生かされている事を悦ぶのである。それが生長の家の信仰である。

 今、そのままで既に完全円満であるという信仰と悦びが先で、後から生長の家の生き方である「思い切りよく勇敢に生きる」とか「今に全力を出す」とか「取り越し苦労をしない」とかと言った聖典「生命の実相・生活編」に出て来る様な生き方が自ずと出て来るのであって、生長の家の生き方をしたから、潜在意識が清まって、完全になり、悦べるのではないのである。それを既に今、完全円満であるという信仰と悦びも無いのに無理矢理、自分や他人に「生命の実相・生活編」の生き方を強いたり、それが出来ないと言って人を審いたり、自分を嘆いたりするのは間違っている。
 
堀 浩二
by koujihori | 2007-09-20 13:24 | 信仰 | Trackback(2) | Comments(0)
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