そのままでよい(7)

 「そのままでよい。」これが私が榎本恵吾先生から学んだ最大の教えである。そして、それは生長の家の神髄でもある。「そのまま」とは「実相そのまま」という事である。そして、我々は実相そのものであるから、我々はそのままでよいのである。何も工夫も力みも励みも要らない。今、そのままで神の子、完全円満、無限力、無限健康であるのである。それをこの生き方をしたら、この心持ちを保ったら、心が清まって、良くなれる、健康になれる、この問題が解決出来ると考えるのは自分と神が分離しているのである。これこれこういう条件の事をやったら、自分は今は神ではないが、将来、神の様に素晴らしくなれると思っているからである。それはちょっとの差の様であるが両者には無限の隔たりがあるのである。

 さて、我々は信仰生活を続け、極めて行く段階で、色々な事を経験し、学び、それまでの自分の心持ちを反省する。即ち、人を恨んでいたり、既に与えられた良い部分に感謝せず、不足の部分ばかり見て、不平不満であったりするとそれ相応の心の不安が出て来て、運命的にも病気になったり、その他、面白くない事が起こって来て、それでああ、自分は感謝が足りなかった、これからは既に与えられた良い事に努めて、感謝しようなんて反省するのである。
 だが、反省するのはいいがとらわれてはならないのである。生長の家では善でもとらわれたら悪になると教えている。即ち、感謝、感謝と念を押しながら生きていても、目の前に明らかに間違った事をしている人間が出て来た場合はそんな感謝、感謝なんて事にとらわれていれば、その人間に注意する事も出来ないのである。

 全ての生長の家の生き方はそれはそのケースバイケースで尊い。しかし、こういう生き方をしていれば、将来、素晴らしくなれる、病気も治るなんて事を考えて、その一つ一つの生き方にとらわれてはならないのである。

 我々が神の子、無限力であるという事は将来の事ではなく、今の事である。だから、今、そのままで我々は神であり、完全円満であり、そのままでよいのである。そのそのままの中から人事処に応じて、自由自在に生長の家の生き方を駆使して行けば良い。

堀 浩二
by koujihori | 2007-09-26 12:58 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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