自壊作用はナイ

 以前、ここでちょっと、ご紹介したエピソードであるが、私が10年前の6月に初めて生長の家宇治別格本山の短期練成を受けた時、座談会で幸運にも榎本恵吾先生の班に入れて頂いた際、ある参加者が「私は生長の家の真理は心では分かったのですが現在、まだ過去の迷いである病気の自壊作用が残っております。」と発言した事があった。
 すると榎本先生はすかさず「皆さん、あんまり自壊作用にこだわらない方がいいですよ。」とご指導された。その参加者の言葉には自分は心は悟っているが肉体にまだ過去の迷いの自壊作用である病気が現象として残っているからまだ私は現象的には健康でないという含みがあったのである。
 生長の家では人間は神の子であり、完全円満であると教えられる。しかし、それが現象的に出て来る為にはそれを悟る必要があるが、心で悟っても過去の迷いの念の自壊作用として現象の肉体の病気が残っていて、それを自壊作用と言うと教えられる。確かにそうである。だが、我らは同時に「肉体はナイ。現象はナイ。」とも教えられているのである。
 聖典「生命の実相」第七巻生活編の前書きに出て来るN氏は自分は今、完全円満であり、無限健康であると知ったら、すぐ病床から立ち上がり、すぐさま普通人と同じ働きをする様にしたら、その日を境に風邪一つ引く事が無くなったとある。どこにも「N氏は心では病気は無いと悟ったが、その後、自壊作用を引きずり、中々全力を出せなかった。」とは書いていないのである。

 私も自分は今、完全円満、無限力であると悟りはしたが、心のどこかで自分のこの悟りが肉体に完全に現れる為には過去の迷いの自壊作用が完全に無くなる必要があるなどと何となく思っていたのである。だから、夜になって体がだるくなって、やる気がしなくなり、早く寝ようなんて考える時は「これは自分の過去の迷いの念の自壊作用であるから、仕方がない。」なんて思っていた。
 しかし、それは間違いであった。肉体はナイのである。現象はナイのである。従って、一切の肉体の不調は今、たった今ナイのである。それを悟れば肉体など如何なる状態であろうとも自分がたった今、完全円満、無限健康であるという事を実感し、今、元気に百%の力で活動する事が出来るのである。

 私は今、自分が現に完全円満、無限健康であると本当に分かってから、夜、疲れを感じても、自分は無限健康、無限力であると思い直し、どんどん本を読んだり、文章を書いたりする様になった。そうしたら、寝床に入ってもすぐ眠れるようになった。自分はまだ駄目だ、まだ過去の自壊作用を引きずっているから疲れると思って早く床についた時は却って、寝付きが悪く、中々眠れなかったのである。

 我々は今、神であり、完全円満であり、無限力であり、無限健康である。自壊作用はナイ。

堀 浩二
by koujihori | 2007-10-10 12:31 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by erica at 2007-10-10 19:49 x
>自壊作用はナイ。
「自壊作用だ」と認めている間は「潜在意識に迷いがある」「私に迷いがある」と認めているから、つまり神の子完全円満であることをまだ悟ってないと同じですね。
自分の内なる神を自覚し、信仰を深めることが大事ですね。
Commented by koujihori at 2007-10-11 08:47
ericaさん

 そうですね。自壊作用とか肉体とかが良くなるとか、そんなのは全て、現象なんですよね。要するにナイんです。自分の過去も何もそれは全部、自分の現在の心の影であり、現象に過ぎないからナイんです。

 あるのは実相と実相が自分で出て来る事だけですね。
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