実相は自分で出て来る(5)

 実相は自分で出て来るのである。そして、その自分で出て来るという事が命懸けの訓練という現象で現れるのである。
 私はこの土日は本当にタイトでシビアなスケジュールだったのである。土曜日は朝は早朝テニスそしてその後は昼間に英会話学校に行って、夜は生長の家の誌友会という生長の家の信徒の会で講師として生長の家の真理の講話を一時間位行い、そして、翌日の日曜の朝は私が責任者をやっている野球チームの早朝練習をやり、その後、早朝野球リーグの閉会式に出席して、その後、午後1時から3時45分まで英検一級の一次試験を受けた。
 スケジュールが立て込んでいただけなら良いが、その一つ一つが私に取って、正に命懸けの覚悟を要求されるものであったので、金曜の夜くらいから気持ちがふさぎ込んでいた位である。
 
 生長の家の講師の人ならお分かりになると思うが、生長の家の講話を一時間位人前でしなくてはならないという状況は正に絶体絶命の境地に立たされる様な気がするのである。その時は何か特に不安で心が落ち着かなかった。
 そして、その翌日は午後から英検一級のテストを受けなければならなかった。これが本当に難しく、アメリカ人やイギリス人が普通に彼らのペースで話す英語を聞き取る能力と英字新聞をどんどん読める能力を要求されるのである。
 そんな事が2日間に立て続けに予定されていたので本当に気が重くなった。しかし、私はこれらは自分がやるのではない、自分の中の神様がやって下さると信じ、神様に全託する事にしたのである。

 そうしたら、テニスの時は私がテニスを始めて20年来の課題だったサーブのある技術が自ずとこうしたらよいというのが試合中に分かったのである。これは今までうまくなろうと思って、いくら研究したりしてもどうしても出来なかった技なのである。
 またその日の夜の講話でも最初は緊張し、何を話したらいいかちょっと分からなくなりかけ、非常に不安になったが、ひたすらおのれを信じて話をしていたら、その講話が実に内側から神様が導いて下さり、自分でも驚くようにスラスラと見事な真理の言葉が出て来て、計った様にその日のテーマの結論が結語として導かれたのである。また野球の練習の時も今までどうしても出来なくて非常に困っていた事がやはり、あきらめないでやって行く内に段々出来る様になったりして、とても嬉しかった。
 そして、その後の英検のテストだが、これはおそらく合格という訳にはいかないと思うが、前回に比べて、長足の進歩を実感する事が出来たのである。

 「実相は自分で出て来る。」という榎本恵吾先生から薫陶を受けた生長の家の神髄をこの時ほど実感した事は無い。実相は神様に全託しておれば、神様が引き出して下さるとも言えるし、実相即ち神様が自分でお出ましになるとも言えるのである。しかしながら、それはのんべんだらりと何の緊張感も真摯さもなくてダラッとしているという意味ではない。実相が自分で出て来るとはそれが自ずからなる訓練と全力の傾注という形で出て来るのである。

堀 浩二
by koujihori | 2007-10-22 17:13 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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