実相は自分で出て来る(7)

 我々は生きている。しかし、自分の力で生きようと思って、生きている人は実は誰もいないのである。何故なら、自分の力でこの世に生まれた人などいないからである。また、自分の力で心臓を動かしている人も呼吸をしている人もいない。我々は自分で生きられる所は一つもなく、全ての全てが完全円満の神に生かされているのである。

 それをそうじゃない、自分の力で生きていると思っている人はまだ真理を悟らず、迷っているのである。ところで、生長の家の人で自分は神の子、無限力、無限健康であると教えてもらったが、それをどうしたら、現実のものとして、実現させる事が出来るのかと考えている人はいるだろう。自分の実相を顕現させる為にあれこれ努力したりしてもそれが却って、うまく行かず、ますます悪くなるなんて事もある。

 要するに我(が)の努力という事で真理の実行、現実化しようとしても、却って、何ともし難いという事になるのである。私などは我(が)で真理の実践を一所懸命やって、我(が)の力で真理を現実化させようとしたが、ちょっとした間違いで奈落の底に落ちた事がある。しかし、その事で却って、私の目が開け、実相顕現する事が出来、健康を取り戻し、元気になれたのである。

 実相は我(が)の努力によらず自分で出て来るのである。それは我々の生命が自分の我(が)の努力によって、生まれたり、生きたり出来ず、全て、神の無限生命の生かしによって生かされている事と同様である。我々は必ず実相顕現するのである。それは実相自らの力で顕現する。迷っている人は必ず、悟り、病んでいる人は必ず、治り、出来ない事は必ず出来る様になる。それは我々の実相自らが自分で顕現する事により、必ずそうなるのである。そうならないのはその本人が自分は駄目だと思って、自己限定して、もう少しで芽が出そうなのにその直前で止めてみたり、または出そう出そうとして我(が)が頑張る事により、その事で無限生命を自ら縛ったりする事による。

 それなら、我々は何もしないで怠惰にしていればいいのかと言うとそうではない。自己の無限生命を信ずるが故に決して、困難に対して背を向けない熾烈な生き方が必ず出て来る。その中では失敗もあるし、絶望する事も愚弄されたりする事もある。しかし、そうした中でも自己の無限生命を信じて、初志貫徹する事が大事であり、その過程を通して、無限生命、無限健康、無限力が気がついて見たら、自ずと出て来ているものである。

堀 浩二
by koujihori | 2007-10-29 13:13 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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