今を生きる

 私は以前、高校生位から始終、悩みが尽きないという状態であった。また取り越し苦労の仕方が異常だと言われた事もある。
 悩みが出て来るのは自我に目覚めた状態であり、人は子供の頃は明るく、無邪気な心で生きているから、悩みも何も無いが、思春期になると自分というものを意識する様になり、それで対面を気にして、異性の目を意識したり、色々先の事を心配したりする様になる。そうすると色々な悩みが出て来て、それは精神的な悩みとか肉体の悩みとか容姿の悩みとかという形で出て来るのである。

 しかし、その悩みというのは本人に取っては重大なものであるが、実際、他人から見ると大した事でないという事が殆どで、当人もある事で死ぬほど、悩んでいても、何か他の困った事が出て来ると悩む対象が移り、以前、悩んでいた事は問題でなくなる。
 要するに悩みというのは実体が無いのであって、悩みを勝手に心に描き、そして、それを心につかむという行為が悩みの正体である。だから、悩みの対象も悩みという心も何等具体的な存在ではないのである。

 それなら何故、悩みというものが出て来るかと言えば、それは本来無い状態が出て来ているという事である。本来無い状態が出て来ているとはちょっと変な表現であるが、それは本来の本当の実在である「今」を外しているからである。「今」こそが本当の実在する時であり、その「今」にしか本当の実在即ち完全円満の神は存在しない。だから、その「今」を外せば本来無い悩みとか迷いが出て来るのである。迷いとか悩みが出て来る所、恐怖心が出て来る。それを取り越し苦労と言ったり、後悔と言うのである。

 要するに悩みとか憂いとか恐怖とか後悔しない為には今を生きれば良いのである。それならどうしたら今を生きる事が出来るかと言えば、それは神に全託するしかないし、全託すればいいのである。
 神に任せられないという思いが今を生きないで、過去や未来に引っ掛かり、それが取り越し苦労と悩みを生むのである。神に全部、お任せして大丈夫であると神に全託するならば、安心して今を生きる事が出来る。そうすれば、今の事物に対する判断力は増し、良く覚えているから記憶力も増す。そして、取り越し苦労も後悔も消えるから、頭がすっきりして、全ての悩みや恐怖が消えるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2007-11-16 12:56 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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