生長の家とは何か(7)

 我々は実相を悟れば、それが現象に出て来る。現象とは本来、存在せず、我々人間の心の反映であるからである。
 実相を悟るとは心(人間の現在意識、潜在意識)は本来ナイという事を悟るという事である。悪は本来ナイという事を悟る事である。神の国は今ここに我が内にあるという事を悟るという事である。それは実相は自分で出て来るという事を悟る事である。
 
 心を清めよう、悪を良くしようとして、これでもかと行をやるのは今ここ完全円満の神の国であるという事を悟っていないので、その心通り、いくらやってもそれどころかやればやる程、実相がくらまされるのである。
 そして、悟る自分の心(現在意識、潜在意識)もナイのが真理である。悟るのは我らのゆらゆらと定まらないこの心が刻苦勉励して、悟るのではなくて、元々悟っている我らの内側の神の心が悟るのである。と言うか、その元々悟っている神の心が顕現するのである。これを神が神するというのである。それが実相が自分で出て来るという事であり、そして、それが本当の生長の家である。

 心を清めよう、祈りで良くしようなどというのは潜在意識も問題もアルと認めているから、それは生長の家の神髄ではない。初心者向けの対機説法である。しかし、この対機説法に従って徹底して行をするものは遂に「そのままでよい」真理に到達する。

堀 浩二
by koujihori | 2007-12-07 12:20 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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