迷いは神が消して下さる。悪は神が消して下さる。

 我々は求道していると時折、迷いに陥る事があるのである。そんな時、頭で分かろうと考えたり、又は先生に聞いて見たりして、それの答えを何とか探ろうとする。しかし、そんな風に自分の外に答えを求めても駄目である。それで仮に何とか分かっても、又、その内、他の迷いが出て来て、又、分からなくなるのである。 
これで大丈夫、悟ったと思っても又、ちょっとしたきっかけで迷いの黒雲がムクムクと出て来るのである。
 そんな時、「ああ、私は悟ったと思ったのに又、迷いの袋小路に陥ってしまった。自分は凡夫だ。」などと言って、嘆息するか焦燥感に駆られるのである。
 しかし、私が榎本恵吾先生に習った事だが、全ての迷いとか不安は自分が焦らなくても神様が消して下さるという事である。そもそも信仰というのは自分でせっせと支えるものではなくて、神により支えられているものであるとも教えて頂いた。

 私も求道生活する中でこれが真理だと思うインスピレーションがたまに出て来る事があり、いつもメモ帳を持ち歩いて、何か思いついたらそれを必ずメモする事にしている。しかし、時折、何とも訳の分からなくなる時もある。そんな時は神様が必ず解決して下さる事を信じ、そのまま放っておくのである。そうすると何かの拍子に必ず、内側から神様の解答が得られるのである。それはインスピレーション的に直感する事もあれば、誰かの何気ない言葉に教えられる事もある。出方は色々だが、それは現象はどうあれ、全て内側からの神様のお気付けである。そうすると以前より、悟りの程度が高まるのである。

 「迷いは悟りの基礎工事である」とは谷口雅春先生著の「神、真理を告げ給う」の中の言葉であるが、私の場合、迷い→悟り、迷い→悟り・・・・を繰り返して段々、悟りが深まっているのである。だから、何か迷いとか不安が出て来た時はそれは又、何か神様が大事な事を教えて下さる前兆だなと思っているのである。

堀 浩二
by koujihori | 2007-12-19 12:31 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by erica at 2007-12-20 03:30 x
>私の場合、迷い→悟り、迷い→悟り・・・・を繰り返して段々、悟りが深まっているのである。
同感です。
迷い→悟り、迷い→悟り・・・・を繰り返しているうちにより難解な迷いでも、(悟りを繰り返しているため)不安を感じないで進むことができるのですね。人生学校って、経験が蓄積されていくほど楽しくなっていくものですね。
Commented by koujihori at 2007-12-20 11:59
ericaさん

 そうですね。でも、その迷いは必ず晴れる迷いなんですよね。神様が晴らして下さるんです。でも、迷った時に「これは迷った。大変な事になった。何とか悟らねば。」と焦って、迷いをつかむとその心の影で中々迷いが消えませんね。
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