導き

 私はテニスをやっているが、本格的にやり始めたのは10年位前である。それから土日の早朝テニス、月曜夜のテニススクール、そして、6年位前に自宅近くのテニスクラブに入り、暇を見つけてはそこでダブルスの試合をしている。

 早朝テニスは気の合った友人同士でやるから気軽な遊びのテニスが出来るが、テニスクラブでのテニスは私に取っては命懸けの修行の場である。そこは由緒あるクラブであり、当初はデ杯の選手の養成の為に作られたそうで、今でもかなり実力のある人が多い。
 そこではクラブハウス内にあるホワイトボードに自分の名前を書いて、どんどん4人一組のダブルスの組み合わせをして行き、試合をする。そこでの試合の組み合わせに関してはある程度、一定のグループが暗黙の内に出来ており、上手い人は上手い人同士、そうでもない人はそういう人同士でお互い、試合をするのである。
 私などは原則的にそういうグループを作ろうという発想が無いので、自分の名前をホワイトボードの空いた所にどんどん書いて行く。そうすると様々なレベルの人と対戦する事になるが、時々かなりの上級者の人と組んで試合をする事もある。そういう時は勝率は上がるが、中には恐い人も居て、私などは試合中にテニスのやり方について怒られる事もある。しかし、その指摘された事を素直にそれ以降、採り入れて実行して見るとそれがとても役に立って、私の実力を向上させてもらう事もしばしばある。
 また、こうした実力者の人達と試合をさせてもらうという事は先に述べた具体的なアドバイスによる貴重なヒントを得られる場合もあるが、試合をするだけでテニスとはこうだと以心伝心で学べる事もある。

 我々の実相は完全円満の神の生命であり、無限力であるが、それを我(が)の力で今すぐ発揮しようとしてもそれは出来ないのである。この世界は我々のその完全円満の実相を表現する世界であるが、又、その為の学び、訓練の為の学校でもある。そして、それは我々の中の完全円満の神の生命が自分で出て来る過程でもある。
 その過程の中ではどうしたら良いか分からなくて迷って、間違った事をする事により、その悪果を自ら回収する事により、どうしたら良いか学び、そして、我々の本来の実相が徐々に顕現するのであり、その過程の中で神が色々な人を通して、我らを丁度良い時に丁度良いアドバイス、導きを与えてくれて我々の素晴らしさ、完全円満さが出て来るのである。我らは常に神の導きの中にあり、それは裏を返せば我らの実相は自分で出て来るのである。それを無限生長と言うのである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-01-07 13:13 | 信仰 | Trackback(2) | Comments(0)
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