現象を捨てる

 聖典「生命の実相」第七巻、生活編にこういう記述がある。それは「ものごとというのは大体全体の7分位確認すれば、後は思い切って、自分の勘を信じて、どんどん決定して、やって行く必要がある。石橋を叩いて渡るということわざがあるが、余りに確認を完璧にやろうとしてやるとそれが戦争であれば、敵兵が十分に準備してしまって、攻略のチャンスが無くなるのである。」という事である。

 我々は失敗を予想して恐れるが故に余りに確認を完璧にしようとすると駄目なのである。どんどん思い切って、全体の7分位確認が取れていれば、それで後は自分の勘を頼りにどんどん打って出る事が必要なのである。
 何故、確認、確認と執着してしまうかと言えば、それは神の国を外の世界、即ち現象に求めているからである。現象に完全を求めているのである。だから、ちょっとでも何か確認出来ていないと感じる部分があると不安になって、出来るだけ完璧に確認しようなんて思うのである。しかし、それは失敗を予想する心であり、そんな事をしていれば、却って、失敗をしてしまうのである。また、それは自分の記憶とか判断とかそうしたものを信用しないからそれを使わない事になるから、自分の脳の力もどんどん減退して、そして、失敗を予想するストレスから脳細胞にストレスを溜め、更に脳の力を減退させる。

 それはとにもかくにも現象を良くしよう、現象に神を求めようという心があるから駄目なのである。現象をナシとして、現象を捨てる事が大事である。現象をアルと思って、それに執着し、完璧なものにしようという考えは間違いである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-01-29 12:27 | 信仰 | Trackback | Comments(2)
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Commented by yuko at 2008-01-29 13:33 x
我が家の中2の娘はバスケットをやっていて、県大会に出場するのですが、初戦の対戦相手がはるかに自分たちより強いと思っていたのです。しかし、コーチから「勝てるぞ」と言われ、昨日は「私たち、勝つよ!」と自信満々に言ってました。もう見る限りでは、勝つ脳になってました。そして私はひらめきました。「そうだ!私は神の子完全円満だ!と自信満々になろう!」と。子どもに教えてもらいました。
Commented by koujihori at 2008-01-29 15:06
yuko様

 コメント有難うございました。そうですか。子供に教えられる事ってたくさんありますよね。

 人間神の子無限力っていうのは頭で理屈で分かっても駄目で実感にならないといけないんですね。僕はそうした実感を日頃、何かにつけ、感じる度に嬉しくなって、メモ帳に書きます。

 今、たった今、無限力、完全円満っていうのは事実であって、理屈じゃないですね。
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