私の予感

 本日、書く事は真理の話ではなくて、現象に対する、全くの私の個人的意見、推測であるから、その積もりで読んで頂きたい。

 現在、生長の家は色々な数字が全国的に減少傾向にあるのだそうである。数字とは聖使命会員とか普及誌購読者とか講習会とか全国大会とかの参加者数である。これの原因は色々あるかと思うが、私はそれは現代の若者が所謂、宗教、とりわけ御利益と恐怖心で教団を維持しようとする様な宗教団体に殆ど、興味と魅力を持たなくなって来た事と関係があるからではないかと推測している。(誤解の無い様に言うが、生長の家は本来はそんな御利益信仰でも無ければ、恐怖信仰でもない。)

 そもそも宗教というものは元々実相世界、神の国には無いのである。ジョン・レノンという偉大なアーチストが居たが、彼の「イマジン」という曲には”no religion"(宗教もナイ)という歌詞が出て来る。実相世界にあるのは真理のコトバだけであって、宗教団体というものは存在しない。

 釈迦もキリストも所謂、仏教とかキリスト教という宗教団体を造ろうなんて意図は微塵も無かったのである。宗教的天才として地上に降誕し、悟りを啓き、その悦びをただ、述べ、伝えただけである。仏教、キリスト教という宗教団体、そしてその色々な宗派は後の弟子達が勝手に造っただけである。

 生長の家はそもそも宗教ではない。それは生長の家の根本真理である「万教帰一」という事で教えられている様に、変な邪教は別にして世界宗教と言われている様な何千年も続いている立派な宗教はその神髄は共通していると説き、それを現代語で分かり易く現代人に説いているのが生長の家である。だから生長の家は宗教ではなく、その奥の共通の真理の神髄である。それは生長の家総裁谷口清超先生が御著書の「菩薩は何を為すべきか」の中で明確に説いておられる。そもそも清超先生は宗教というものが大嫌いだったそうであり、それは生長の家に入られた後もそうだったそうである。

 さて、前述の様に宗教団体というものはその教勢を保つ為に信者を獲得し、かつ引き留めておかなくてはならない。そこで大抵はそこに入るとこんな御利益があるよとか、そこを離れるとこんな罰が当たるよという恐怖で人を縛り付けるのである。全ての宗教団体というものがそうであるとは言わないが、多分にそういう部分があるのは事実であろう。だから、一般人は宗教というものを嫌うのである。

 昨今、人類が進化して来たと言うか、時が来たと言うか、現代人はそうした御利益信仰的な宗教の教えに縛られる事がいよいよ無くなって来たのではないかと言うのが私の個人的感想である。ある人は宗教はその内、皆無くなると言っていた。早ければ今年中だと言う事だが、その言葉を鵜呑みにする事は出来ないが、昨今の生長の家教団の表面的数字の減少の仕方を観察するにそれもあながち妄言とも思えないのである。

 私が生長の家の奥義に出会ったのは何度も言うが、榎本恵吾先生に巡り会って、その教えを拝聴したのが最初であったが、それは先生が服部仁郎先生や吉田國太郎先生から受け継がれた生長の家の神髄である。(誤解の無い様に言うが谷口家の法燈の流れはこれは又、別格である。)

 昨今の動向を見るにその生長の家の神髄、即ち真理は自分の中にあり、吾らは何をしなくてもそのままで完全円満の神の生命であり、自分の言葉で真理を語り、自分だけの表現の仕方をして、神を顕して行くという生長の家本来の面目がいよいよ出て来たのではないかと思う。   何々教とか何々先生に頼らなければ救われないとか、行をやり続けなければ救われないとか、これだけ献金しなければ救われないとか、何々先生に救われたからこれだけ恩返しをしなくてはならないとかそんな御利益信仰的な事は通用しなくなって来ているのだと思う。

 昨日、私の教区の青年会の教区大会というのがあったが、そこで生長の家本部から生長の家青年会副会長のある先生が来られて、講話をされた。その先生はまだ40歳位の方でやはり私と同じく宇治で修行され、その後、そこで指導者となり、9年間も、練成会等で指導されて来て、私もその間、この方にお世話になった事があるが、この方のお話は本当の生長の家の神髄を見事に説かれた、誠に素晴らしいものであった。
 こういう若くて、かつ生長の家の神髄を究められた方が生長の家の中央部の組織の幹部になって来たという事は現在の表面上の生長の家の数字の減少なんて事を超えて、長い目で見れば生長の家の表舞台に生長の家の本物の教え、素晴らしい救いがいよいよ顕れて来て、生長の家がより本来の生長の家に還って来たと言うか、顕して来たと言うか、そういう素晴らしい流れであると私は思う。

堀 浩二
by koujihori | 2008-02-12 13:27 | 時事問題 | Trackback | Comments(4)
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Commented by yuko at 2008-02-12 14:35 x
先日、我が教区の青年会教区大会にも同じ講師がいらして講話をして下さり、堀さんと同じ感動をいたしました。榎本恵吾先生の香りのする様な御講話でした。今日の堀さんのブログは私がいつも感じてるようなご意見で頷きながら読ませて頂きました。何があっても“今ここ完全円満”の生長の家の神髄をそのまま悦べる同志をもっと欲しいと常に念願しております。その悦びをお伝えすることが伝道ですからね
Commented by yoshimi at 2008-02-12 14:49 x
ありがとうございます!!
あぁ~うれしい☆  うんうんそうですよね~と うなずきながら読みました。
突然に コメントさせて戴きました けれど ゆきえさんのブログより 時々お邪魔してます。何度かコメントをしようと 試みましたが なぜか??送信出来ませんでした~ので とても共感でき嬉しい気持ちだけコメントします。今回は出来ますように☆^^
Commented by koujihori at 2008-02-12 17:53
yuko様

>榎本恵吾先生の香りのする様な御講話でした。

 そうですか。yukoさんも榎本先生のお話、お聞きになった事あるんですか?先生の命は色々な人に息づいているんですね。
 こうしなければ救われないっていうのと既に救われている命がこうするっていうのは見た目は同じでも自覚の面で天と地ほどの差がありますね。それが360°の観の転換ですね。これからそういう教え、考えが生長の家の中で主流になって来るとしたら、こんな嬉しい事はありませんね。
Commented by koujihori at 2008-02-12 17:55
yoshimi様

 初めてのコメント、本当に有り難うございました。共感して頂けて、とても嬉しいです。
 生長の家のそのままで救われ済みの天国浄土の教えが皆のものになる時代がいよいよ近づいているのではないでしょうか。とても、嬉しいです。
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