アシュリー

 先週の土曜日、テレビでアシュリーというカナダ人の少女のドキュメンタリーがやっていた。その少女は染色体の突然変異により、老化が通常の10倍のスピードで進んでしまうプロジェリアという、世界に50人位しか居ない奇病であるという事であった。番組前にテレビコマーシャルで度々、やっていたから、知っている人も多いと思う。

 私はそういう病気があるのは何となくテレビ等で知っていたが、正直言って、私はそういう人達に対してはちょっと奇異な目で見る位の意識しか無かった。テレビはそういう珍しい病気の子を取り上げる事によって、視聴率を上げようとしている位の認識しかなかった。
 しかし、その番組のコマーシャルでアシュリーちゃんが「神様が私にこういう病気をお与えになったのは何か意味があると思う」と発言しているのを聞いて、ちょっと興味を覚えた。しかし、同時に生長の家で良く言われる事だが、病気は神様はお造りになっていないから、この子の言っている事は間違いだと言う気持ちも何となくあった。

 数日後、書店に行ってみると、例のアシュリーちゃんが書いたという本が平積みされていた。私は何となくそれを手に取ってパラパラと数ページめくって、読んでみた。そうしたら、すぐにこれをレジに持って行って購入している私がいた。

 私は感動した。この子は本当に素晴らしい子である。この子はプロジェリアという病気で無ければ良かったなんて一度も思った事が無いという。これは前述した様に、神様がこういう病気でも力一杯与えられた人生を生きるって言うことが如何に大事かという事を自分を通して、みんなに伝える為にこういう役割を自分に与えたんだと書いてあった。

 その後、その番組を観たが、重ねて言うが、本当に素晴らしい子である。現在、高校生だが、体力的に皆と同じペースでは授業は受けられないが、その中でも出来る限り力一杯、勉強していて、ペットショップでアルバイトもしているそうである。この子はペットの扱いが上手く、そこで重宝がられていた。
 小さくて細い折れそうな体で一所懸命、ペットの世話をしている姿は本当に全力で生きるんだという気概が感じられた。また、性格がとても明るく、一見すると老婆の様な風貌なのだが、友達も多く、ことある毎に良く笑うし、おしゃれもする。そして、将来は獣医になりたいという夢まである。

 この病気は大体、平均年齢13歳だそうだが、アシュリーは16歳であり、ここまで生きられたのが有り難いと母親は言っていた。
 現在、アシュリーは体力がどんどん弱っており、食事も以前より取れなくなって来ているという事で時折、激しい胸と背中の痛みが襲う。そういう時はじっとして痛みに耐えている。その痛みは十数分位続くそうだが、じっとししていればその内、痛みは無くなるから、どうという事は無いと言う。そして、その痛みがそれでも治まらない時は天に召される時だとアシュリーは言っている。

 アシュリーちゃんは自分の生命が死んでも死なない永遠のものであり、自分がこういう体に生まれたのは前述した様に短い人生でも、障害があっても力一杯生きる事が如何に尊いかと言うことを人々に示す使命を神様に与えられているから、自分は全然不幸じゃないと言うのである。そして、一切愚痴や不満を言わず、あらゆる事に悦びを見出し、家族みんなに感謝して生きている。この子は本当に素晴らしい高級霊である。

 私は実は先週の土曜日の夜、誌友会で講話したが、この日はちょっとこけてしまった。私は講話には自信があったから、それだけにショックは大きかった。でも、その日の昼にこのアシュリーちゃんの本を丁度、買っていて、誌友会前から何となくパラパラと読んでいて、誌友会から帰って、家で丁度、アシュリーちゃんのテレビを観たのである。
 それでどれだけ勇気を与えられたか分からない。どんなに現象が不完全でも失敗してもそんな事に負けないで全力で生きる姿に私はすっかり元気をもらったのである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-02-25 13:08 | 時事問題 | Trackback | Comments(0)
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