我(が)でやろうとしない

  ここでも何回かご紹介した事があるが、私は青年会時代に女子見真会で講話をさせて頂いた時、頭が真っ白になって、言葉がどうにも出なくなってしまった事がある。それは内側の神の力を自覚していなかった為に、我(が)の力で上手くやろう、上手く話そうと力んだ為である。

 完璧主義の人というのが世間には居るもので私はその典型であったが、それは仕事も完璧に、趣味も完璧に、スピーチも完璧にと気負う人である。それは何故、そうなるかと言えば、元々、自分の中に完全円満があるから、そういう願望が出て来るのであるが、まだ魂が未開発の人はその完璧さが自分の内部に既に存在している事を自覚せず、それを得ようとして、自分の外に求めるのである。
 それは我(が)で今すぐ、完全に仕事をやろう、完全に今すぐ、自分の頭脳で物事を全部分かろう、そして、完全にそれを自分の言葉で話そうとか気負う心である。

 しかし、そんな事をしても、上手く行かないのである。何故なら我(が)は肉体であり、肉体は非実在のものであるから、全知全能の神の力に裏打ちされたものでないから、どんなに頑張ってもその内、燃料が切れてきて、空回りするからである。

  出来ないのは我(が)で無理矢理、やろうとするからである。急がず、焦らず、神にお任せすべし。
 私はここで神に全託する事の重要性を何回が書かせて頂き、それはおのれを捨てる事が重要なポイントであるとも申し上げた。しかし、それと同時に大事なのが、ものごとをする時、自分という我(が)がやろうとせず、神にお任せするという事である。

 それはこうでなくてはならぬという自分の我(が)の思いを捨て、無理に今すぐ、成果を求めよう、実現させようとしないで、神が全て、最も良い方向にやって下さると信じて、お任せするのである。そうすれば最も適当な時期に最も適当な事が自分及び他の人を通じて、神が為して下さるのである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-03-12 12:59 | 信仰 | Trackback(1) | Comments(0)
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