本当の宝

 「先ず神の国と神の国の義を求めよ。その余のものは汝らに加えられるべし。」というキリストのお言葉がある。即ち、「現世的な色々な御利益とか、幸福を求めないで、自分の内側の神の国を求める事をしなさい。そうしたら、現世的な御利益は自ずと後からついて来ますよ。」という事である。

 宗教や信仰の道に入る場合、大抵はこの御利益を求めて、入るのである。最初から、神の国の義を求めるなんて人は先ず居ない。そこで神様は現世的御利益というおもちゃでもって、人々を導くのである。それはそれを求めなければ死んでしまうというぎりぎりの局地に立たされる事によって、そうした救い、御利益を必死で求めるという形で始まるのである。 
 そして、必死に信仰し、救われる。しかし、それは単に信仰の入口であって、信仰の本道に入ったのではない。信仰の本道とは現世的御利益ではなくて、その奥の神の国本体を求め、それを得るという事である。

 神の国は無限であるから、それを得たものは無限者になる事が出来るのである。そして、現世というのは我々の自覚の反映であるから、吾、無限を得たりと自覚するものは現世の御利益は後からいくらでもついて来る。

 神の国と神の国の義を求める事はこの様に大事な事であるが、求める事は第一歩であり、それを実際に発見する事が本当に大事な事である。それではどうしたらそれを発見出来るかと言ったら、それは何も心配する事は要らない。何故なら、それ(神の国)は我々の中に既に元々存在しているからである。従って、それを発見するのは当然の事であると言わなくてはならない。その発見の道程が我々一人一人の人生経験である。

堀 浩二
by koujihori | 2008-03-14 13:06 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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