神様が全部やって下さる(2)

 吾々は何か緊張を強いられる事をやらなくてはならない事がある。そんな時に私は出来ませんからとか時期早々ですからとか言って、逃げるのでは何時まで経っても自己の実相を掘り出す事にならない。だから、吾々は何か自分に巡って来た事は逃げないで正面から受け止める積もりで体当たりするのが良い。そうして行けば、吾らは自己の完全円満の実相を発見する事が出来、無限力が出て来る。

 ところで生長の家でも講習会とか全国大会で体験談をやってくれとか、青少年練成会で講話をしてくれとか頼まれる事がある。そんな時にプレッシャーを感じて、逃げていたのでは駄目でハイやりますと素直に受けるのが良いのである。
 しかし、受けては見たものの段々その発表とか講話の時間が近づいて来るに従って、プレッシャーがつのり、逃げ出したくなる気持ちになるのも事実である。しかし、それは当然である。そうしたプレッシャーの中でも挑戦する事で初めて生長があるのである。そして、何度も発表の練習をしたり、また、その時、緊張しない為の心の持ち方とか盛んに研究したりして、何とか失敗しない様に皆の前で恥をかかないように努力するのである。

 しかし、この様な努力はやっても無駄である。吾々が生きているのは吾々が生きているのではなく、神が吾々において、生きているのである。だから、吾々のしなければならない事は百%、吾々の内なる神がやって下さるのである。それを知った時、吾々はプレッシャーから解放される。何とかあがらない様に緊張しない様に失敗しない様に懸命に努力するのではない。そういう良くなろう、神らしくなろう、上手くやろうという努力は無駄な努力である。良くなろうとか、神らしく上手くやろうと我(が)が努力するのではなく、吾々は今、そのままで神なのである。従って、登壇したらあがって、緊張して、しゃべれなくなっても良いのである。上手い事が言えなくても良いのである。失敗しても良いのである。それも全部、吾が内なる神が自分で出て来る過程である。吾らが神でなかった事は一度も無いし、これからも無いのである。
 その事を榎本恵吾先生は「そのままでよい」と仰ったのである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-03-26 13:04 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://joyfulness.exblog.jp/tb/7569552
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 途中で諦めない 今、出来る(4) >>