途中で諦めない

 この人生は人生学校である。それは何を学ぶかと言ったら、自己の内部神性を学ぶのである。吾々は人生に生まれてきて、色々な経験をする。その経験は中々困難なものが多く、そして、失敗経験も数多い。そして、その中では悩みや不安もあり、病になる事もある。しかし、それ全て、自己の内部の神の国即ち自己の神の子完全円満の実相を発見する為の学びの作業である。

 自己の内部の神の国、神の子完全円満の実相は何も付け足さなくても何も工夫しなくても何も改造しなくても何も努力しなくてもそのままで完全円満である。そのままで無限力である。聖経「甘露の法雨」に「かの天人が天界を遊行するが如く、また海魚が水中を遊泳するが如く、光の世界に光に満たされ法悦に満たされて遊行す。」とあるが吾らの真の姿は正に今、そのままでそういう素晴らしい存在である。
 それなら何故、この世界にそういう状態でなくて、苦しんでいる人間が多いかと言えば、それは一重にその自らの本当の姿を発見し得ていないだけである。その発見する作業、学校がこの人生学校なのである。

 だから、吾らはこの人生学校において、自分に巡って来る事から逃げないでぶつかって行けば、必ずその常楽の自らの実相を探し当てる事が出来るのである。悩みとか迷いの実体というものは無い。それは自分の心の眼がまだ啓いていないだけである。しかし、それは人生学校を進む中で自分の不悩不苦、常楽、全知全能の生命の実相を探し当てる事で必ず目が啓き、悩みや不安や迷いは消える時が来る。
 だから、人生苦しくても訳が分からなくなっても途中で決して諦めてはならない。それは発見に至るまでの過程であり、模索の状態であり、それを過ぎれば必ず悦びの発見がある。その発見の直前が一番苦しく、もう投げ出してしまいたいと思う時なのである。正に迷いは悟りの基礎工事である。

堀 浩二
by koujihori | 2008-03-27 12:27 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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