生長の家とは何か(8)

生長の家は信仰で現象を良くする為のものではなくて、このままで我々が神であり、無限であるという事を発見する信仰である。ここの所は本当に大事な部分である。前者は所謂御利益信仰と言い、後者を本物の信仰と言う。

 それは現象は、肉体はナイという事であり、今、ここに、そして我々一人一人の中に神の国があり、今、自分は神の子無限力であるという事である。だから、今、悦べるし、悦んでいいのである。それを何を勘違いしたのか、大抵の人は現象ナシ、肉体ナシの生長の家の教えを受けながら、信仰で現象を良くしよう、肉体を良くしようと躍起になっているのである。そして、これでもか、これでもかと言う事で神想観したり、祈ったり、聖経を誦げたりする。しかし、それは我(が)が良くなろうとして、やっているのに過ぎない。本当の神想観や祈りや聖経読誦は我(が)がやるのではなく、我らの中の既に完全円満の神が出て来て、悦びでやるのである。

 それが神が神するという事である。そして、物質は現象はナイのであって、我々の心の影であるから、本当の信仰のある所、必ず現象は整うのである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-04-15 12:21 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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