本当の信仰(2)

 ある人が言っていたが、生長の家の一部の人は自分の信仰の力で自分に取って、お気に入りの状態を作ろうとしていて、全てを受け入れるという考えになっていないと言う事である。

 キリスト教には予定説というものがあり、この世界で起こる事は全て、神の思し召しであるから、それを甘んじて、受け入れるべしというのがある。即ち、もう神のご計画により、この世に起こる事は良きことも悪しきことも予定されていて、決まっているから、それを受け入れる事が信仰であるというのである。この考えだと、信仰が非常に強いものになるらしい。それは一種、神への全託という事にも通じるだろう。

 しかし、生長の家ではこの世界は神の第一創造ではなく、人間の心による第二創造であるから、神によりこの現象世界の出来事は予定されているのではなく、人間の心により、これからいくらでもどうにでも作られて行くと説く。そして、神は絶対善であるから、その神による第一創造の世界では唯、善のみ存在するのであり、それを吾々の心のレンズが歪み無くなった時、その神の第一創造の世界が第二創造の世界である、この現象世界に投影されると説く。

 そうなると冒頭に述べた様に所謂、生長の家の人は善なる神の世界をひたすら祈り、信仰する事で、自分の念の創造である、この第二創造の世界である現象世界に自分の好む所の善なる世界を持ち来そうと一所懸命、信仰や行に励む事になる。

 しかし、その考えだと神への全託の信仰とは言いがたい。そんな考えでは信仰が深まる所か、我(が)がどんどん強くなるだろう。それは本当の信仰とは言えないのである。本当の信仰は自分の信仰の力で自分の人生を自分の好む所のものにしようなんてものではなくて、今、このままで完全円満の世界に居る、今、このままで自己が完全円満、無限力の神であると悟る事である。そして、現象は存在せず、しかし、今、ここ実相世界であると悟り、その本当の世界に起こる事は全て、神の世界が展開するものであり、表面上はどんな様に映っても、本当は全て、神の栄光が内側から出て来る過程であるという事と悟り、その全てを受け入れる事である。それが現象がナイという事であり、今、ここに神の国があるという事であり、自分の人生というものは自分の人生であったのではなくて、神の人生、即ち実相の展開であったと悟る事である。そして、それこそが実相を悟るという事である。

 その悟りのある所、この世界に起こって来る事は表面上は如何なるものであっても、全て、神の展開であり、有り難いものであるという事が分かり、その時、初めて、自分の人生に起こる事を全て受け入れる事が出来る様になるのである。そして、それが全託の信仰である。

堀 浩二
by koujihori | 2008-05-14 12:30 | 信仰 | Trackback(1) | Comments(2)
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Tracked from 岐阜 中古車販売 at 2008-05-14 23:38
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Commented by いろどりひかる☆ at 2008-05-15 10:15 x
いつも「そうだった!」「なるほど〜」と拝見しておりますが、今日のも、また沁みました。
>>その考えだと神への全託の信仰とは言いがたい。そんな考えでは信仰が深まる所か、我(が)がどんどん強くなるだろう。
と書いてくださっているところ、これは心臓に「ぐさっ」と矢がささりました!
今の私、そのものでございました。
神一元、善一元の信仰に立ち返ります。ありがとうございます。
Commented by koujihori at 2008-05-15 10:27
いろどりひかる☆様

 コメント有り難うございました。これは中々難しいと言えば、難しいし、優しいと言えば優しいです。

 でも、生長の家の真理は現象はナイであり、今、ここ神の国があり、今、吾々は神に全面的に生かされた完全円満の存在です。だから、それを自己の信仰で良くしようなんて考える事自体が迷いだと言う事です。今、そのままの自己が今、ここが神であり、神の国であると分かると自ずと神想観や愛行や親孝行がしたくなります。神想観や愛行するから信仰が深まり、良くなるんじゃないですね。

 これが生長の家の神髄です。でも、これは皆、分かって居るんですよ。だって、皆、神の子で悟りそのものですから。それが自分で出て来るのがこの吾々の人生学校です。そして、それが実相が自分で出て来るという事です。
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