師の大事さ

 かつて、服部仁郎先生が榎本恵吾先生にこう言われたと言う。それは「生長の家を本当に学びたければ、これと言う生涯の師を作る事だ。」という事である。服部仁郎先生というのは生長の家に詳しい人なら誰でも知っていると思うが、本部会館にある御神像の作者で彫刻家であり、雅春先生の高弟の一人である。

 榎本先生は偉大な悟りを啓いた方だが、奥様のお話によると先生は生長の家の迦葉尊者と言われる吉田國太郎先生の影響を受け、かつ服部仁郎先生の誌友会に通っている内にその悟りが啓けたという事である。

 吾々は生長の家の信徒であれば、無論、谷口雅春先生の御存在というものはもう特別なものがある。そして、生長の家の教えは生長の家の大神-生長の家総裁・副総裁-み教えの流れで展開されるのであり、生長の家の信徒たるものこの流れが生長の家の運動の不動の中心であるという事を肝に銘じなければならないとされている。確かにその通りである。だから、吾々は信仰をするのに人についてはいけないとも言われる。つくなら内なる神にである。

 しかしながら、吾々が実際に信仰して行く為には直接に指導して下さる具体的な師が絶対に必要である。それは神が自分の為に遣わして下さったお導きである。私の場合はそれは榎本恵吾先生である。確かに私は他にも色々な先生のお世話や導きを得られ、現在の自分があるが、生涯の師と呼べるのは榎本恵吾先生である。私は先生を師と戴いた事でどれだけ、導かれたか計り知れない。私は先生にそれこそ無限のご恩を感じている。私は先生がいらっしゃらなければ、今頃、この世に居ないのである。そればかりか先生のお陰で無上の宝、生長の家の真理の奥義を授けて頂き、それからというものは私は常楽の世界に住んでいるのである。

 私は他の人を色々今まで見てきて、不幸にして、間違った師につく事でその人がどんどん以前の良さ、純粋さを失って行くのも見てきた。かと言って、その人が永遠に救われないというのではないが。
 いずれにしろ、人は具体的な師が誰であるかという事でその人の一生の幸不幸が左右されてしまうと言っても過言ではない。誠に良き師につくという事は本当に大事な事である。

堀 浩二
by koujihori | 2008-05-19 12:24 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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