恐怖心は放っておくべし。

 先日、恐怖したら恐怖した事が実現すると言う心の法則を知ったが故に恐怖する事を恐怖する様になってしまい、却って、恐怖してしまうなんて事になったが、自分の心などは存在せず、自分の心であると思っていたものは実は神の心であり、それは恐怖などしないのであるという事を書いた。
 しかし、実際問題として、恐怖心が起こって来た時はどうしたら良いかと言えば、それは聖経「続々甘露の法雨」に書いてある通り、「しかも恐怖を滅することを得ざるときには恐怖を捨てんする努力さえ止め、唯そのままであれ、ただ実相(そのまま)であれ。如何なる恐怖も「生命」の実相(そのまま)の中には存在せざるなり。無き恐怖を滅せんとする必要もまた、あらざるなり。汝は汝の「生命」の実相(そのまま)でよろしきなり。恐怖しながら、そのまま恐怖本来無きなり。そのままに真に委(まか)せ切るとき、実相なる神は一切の恐怖を拭い去り給わん。」とそのままであれば良いのである。

 恐怖心は放っておくべし。それは神様が取り除いて下さるのである。恐怖心が出て来たら、恐怖したらいかんと思って、それを何とかしようとするから、却って、恐怖を心でつかむ事になり、駄目なのである。
 恐怖心は神様が取り除いて下さるという事が実相は自分で出て来るという事であり、又、神に生かされているという事である。

 私は野球の試合とかテニスの試合とかでやっていて、時たま恐怖心が抑えようと思ってもどうにも抑えられなくなる事がある。失敗をしたらどうしよう、恥をかく、皆に迷惑を掛ける又は笑われる、怒られる等々の恐怖が頭をもたげるのである。 しかし、やっている内に何とかなり、エラーなどする事無く、勇気が出て、上手く出来た経験が何回もある。

 これは内側から神様が出て来て、私の恐怖心を取り除いて下さったのである。

堀 浩二
by koujihori | 2008-07-02 12:30 | 信仰 | Trackback | Comments(0)
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